奇異なる面共の目的
「我々からすればーー……、彼等の扱いは、どうあるべきなのだろうな」
アギトは首を捻る。ただ悩むようにではなく、戸惑うように。
炎の獅子、蒼雷の貴公子。その二人について、スズカゼへどう説明すべきか。
鬼面族の若である彼にとって、その問題は余りに奇妙な立ち位置にあるが故に。
「英雄、という程の立ち位置でもないが。我等が祖先の、鬼面族の姫君の仲間であった事は確かだ」
「その人も大罪人の一人、なんですよね」
「そうだ。そう数えられている」
「私達は彼等を大罪人とは思っていません。けれど、英雄とも思っていないんです。スノウフ国と違って鬼面族はそんなに宗教的観念はありませんから」
「……こういう事を言うのは何ですが、その鬼面族の姫君って人はこの鬼面族の先祖なんですよね? そういうのって」
「別にどうでも、と言った所だな。スノウフ国が彼等を悪としているように、我々はそれでも良いと思っている。嘗ての神に喧嘩を売るような馬鹿共だしな」
「随分バッサリ言いますね……」
「言った通り、私達には宗教観念が薄いですから。スノウフ国との対立だって向こうが一方的にーーー……」
「姫、そういう言い方は良くありません。これより鬼面族の長となる人物がそれではスノウフ国との対立はより深まります。我々が対立するのは表面上の宗教観念だけで良いのです」
「……う、うん」
「どういう事です?」
スズカゼの問いは当然の物だろう。
アギトの言葉では、まるでスノウフ国との対立を維持しろと言っているように聞こえる。
対立を改善も改悪もせず、維持しろ、と。
「……解らんか。解る訳もないな。解るはずもない」
「そりゃ、現状維持ですからね。宗教的観念がないのであれば歩み寄れば良い。相手は大国なんですよ? この村の事を考えればそれが良いに決まってます」
「そして吸収されろ、と言うのか? あの国に」
「……吸収、ですか」
「合併ではなく、吸収だ。規模を考えろ。……俺が思うに、いや、先代の族長からずっとそうだ。我々に最も適したのは今なのだ。敵対しているが、それ以上ではない現状なのだ。尤も、今回の四大国条約でそれが崩れかけたのも事実だがな」
「四大国条約で、とは?」
「大国には新聞なる物があるだろう。アレは重要情報が更新される度に発行されるがーーー……、我々もそれを手に入れるだけのツテはある。そしてそこに掲載されていた情報には我々への併合を思案するともあった」
「……え、ちょ。今回の侵攻って新聞なんかの情報を信じたんですか?」
「なんか、とは何だ。アレほど信用出来る情報も他にあるまい」
「え、あーーー……」
そうだ、うっかりしていた。
この世界と自分が居た世界の[情報]という観点は大きく異なるのだ。
コンピューターだとかテレビだとかがあった世界と違って、この世界の情報源は人の口と新聞ばかり。
その中で定期的にではなく、重要情報ばかりを更新する新聞の信頼度が高いのは当たり前だろう。
「……で、目的ってのは」
「まぁ、ここまで話したのならば躊躇うまい。我々の目的はスノウフ国及び四大国に置ける鬼面族領土への不可侵条約の締結だ。だが、それを提示するだけの効力を持つ物は我々にはない。故に」
「私かフェベッツェ教皇を人質に取ろうとした、と」
「……そういう事だ」
つまり、まぁ、そういう事だろう。
彼等の目的は自身の領土を護る為の物であって、それ以上でもそれ以下でもない。
要するに自分は政治的問題に巻き込まれたのだ。
……最近は巻き込まれの方が多い気がする。
「でも、それってフェベッツェ教皇を人質に取ったりしたらスノウフ国だけじゃなく四大国を敵に回すんじゃ?」
「自国は長も守れない腑抜けですと他大国に口外して良いのなら、な」
「うわぁ」
「これが政治的問題だ。……姫、ご理解なさいましたか?」
「う、うん。ちょっと難しいけど」
「ってか、貴方の口調で姫とか言われるとウチの獣人思い出すんで別の呼び方して貰えます?」
「姫は姫だ。貴様の事はスズカゼと呼んでやる」
「マイハニーって呼べば良いじゃないですか」
「お前は何を、お前は何を言っているんだ」
呆れ気味に頭を抱えるアギトと、頬を赤らめて俯く鬼面族の姫。
二人のそんな様子を見ながらスズカゼはにやにやと頬を緩めていた。
端から見れば、どうだ。種族云々関係無くただの男女ではないか。
こんな者達も政治だ何だという物に頭を悩ませなければならない。
命を危険に晒さなければ、ならなのだ。
「嫌な世の中ですねぇ……」
「……む? 何か言ったか?」
「いえ、何でも。それより私はこれからどうすれば?」
「それを問うか、我々に」
「問わざるを得ないでしょう。生憎と可愛いを危険に晒すつもりはありませんので」
「噂以上だな、貴様。……まぁ、こちらからすれば好都合でもある。貴様はこのままスノウフ国との交渉が終わるまで大人しくして貰う。恐らくだが、そろそろ乗り込んでくるはずだ」
「大丈夫なんですか、それ」
「その為の貴様だ」
彼の言葉が終わるか、終わらないか。
その瞬間に扉は突き飛ばすように開かれ、物言わぬ巨体が踏み込んできた。
言葉を喋らぬその者だが、表情が全てを物語っている。
「……姫」
「はい。交渉の、用意を」
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