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獣人の姫  作者: MTL2
北の大国
419/876

鬼面族の若と姫


【ロドリス地方】

《鬼面族の村・族長の家》


「ぬぁっ……」


スズカゼは頬を伝うぬめりとした感触で目を覚ました。

唇端から涎を垂らしていた彼女はそれを袖で拭いながら、気怠そうに体を起こす。

寝起きのせいか、頭が混乱している。ぐらぐらする。ぐわんぐわんする。

どうしてこんな所に居るのか、どうして自分は女なのか、どうして自分の周りにはあんなに可愛い女の子が居るのかーーー……。


「……最後の方は関係ないな」


彼女は周囲を見回し、自身の頬を舐めたのがジュニアだと気付いた。

起きない自分を心配していたのか、随分と頬を擦り付けてくる。

何とも頼り甲斐のあるペットではないか。やはり、この子が居て良かった。

スズカゼはそう思いながらジュニアの頬を撫でようと手を伸ばせ、ない。

どうやら縛られているらしい。そんなに太い紐でもないし、取り敢えず千切ろう。


「さて、と」


手首に付いた紐痕を撫で、彼女はその手をそのままジュニアの頬へ滑らせる。

嬉しそうに擦り付いてくるジュニアをそのまま懐に忍ばせ、立ち上がった。

少しは頭も落ち着いて来た所だし、現状を理解しよう。

場所は不明。何だか普通の一室に見える。でもちょっと青臭い。

周囲に人は居ない。部屋の大きさは自分と他数人が入れるぐらいか。

武器は、ない。まぁ、流石に残されてることはないだろう。

……何だか身に覚えがあるこの状況。最近は人質に取られることが流行なんだろうか。


「まぁ……、このままだと、またゼルさん辺りにグチグチ言われそうだし。取り敢えず」


彼女は脚撃によって扉を蹴破った。

無論、鍵が掛かっていた事だとか扉の前に重しが置かれていた事だとかは全て無視である。

その脚撃で全てを破砕し、隣室へと乗り込んだのだ。


「逃げるか」


海面走りもやってみばければ解るまい。

取り敢えず魔炎の太刀だけ取り返して後は逃亡だ。

あの時とは違って自分も少しぐらい成長したし、まぁ、不可能ではないと思いたい。

差し当たっての問題は海面疾駆だが、まぁ、ホントこれは気合いで、どうにか……。


「……何をしている?」


そこで遭遇したのは若と呼ばれる、スノウフ国へ乗り込んできた者達の中で最も手練れの人物。

その手に陶磁器の器を持ちながら、ごく普通の部屋着で歩いている。


「……逃げてます」


「そうか、戻れ」


「えっ、嫌ですが」


「戻れ」


「お家帰りたいんで……」


「今、貴様の処分を話し合っている所だ。戻れ」


「処分されて堪りますかい」


「……こちらも逃げられては堪らんのだ」


若が拳を構えると同時にスズカゼもまた腰を屈め、魔炎の太刀に手を添えた。

相手の突撃と共に一閃。しかし、それは囮。

相手が回避した先にこそ本命の一撃を与える。この手で行こう。

この手で……、この手?


「魔炎の太刀無いじゃん……」


「……何をしているんだ、お前は」


「あ、ちょっと魔炎の太刀探して来るんで待ってて貰っても」


「無理に決まっているだろう」


「ですよねー」


じり、とスズカゼは一歩後退。

じり、と若なる男は一歩前進。

二人の距離は微妙に保たれるも、やがてスズカゼの背中が壊れた扉に付いた事で均衡は崩れ去った。

若の拳が微塵なる[溜め]の後にスズカゼの腹部へ放たれる。

華奢な少女を悶絶させ、気絶させるに至る一撃。

スズカゼも対応するが如く聖闇・魔光(てんちしんめい)を発動しようとしたが、僅かに間に合わない。

拳が、臓腑を、打つ。


「待って! アギト!!」


その言葉が照準に微かなブレを見せた。

臓腑より別れ、砕けた扉を拳は穿ったのだ。

数瞬遅れで聖闇・魔光(てんちしんめい)を展開した少女は肺胞で停滞していた空気を一気に吐き出し、腰をついた。

指先から力みが抜けていくのが解る。今のやり取りで体が構えきっていたのだ。

もし先程の声が無ければ自分はきっと、意識を失うだけでなく臓腑の一つぐらいは失っていただろうと、そう思える程に。


「姫」


「駄目だよ、その人を傷付けちゃ……!」


「しかし、この小娘は脱走を」


「逃がして上げれば良いでしょ!」


「い、いや、そういう訳には……」


「いっつもそう! アギトは融通が利かないから嫌い!!」


「き、嫌っ……」


押されている。傍目に見ても解るほどの、あの堅物が。

姫と呼ばれるあの少女は、恐らく彼より上の存在なのだろう。

桃色の丸みを帯びた髪、泡立つ程に柔らかそうな体。

ぎゅっと抱き締めれば融け込んでしまいそうになるほど可憐な、少女。


「若、じゃねぇや、アギトさん? 私、逃げるの止めます」


「そうか。だが姫には近付けさせんぞ」


「あ、帰りますんで」


「どうしてこんなのを連れてきてしまったんだ……」


若、基、アギト・アメールなる人物は改めて自身の過ちを痛感した。

[獣人の姫]は変態だというのは聞いていた。女好きだとも聞いていた。

だが、これ程であろうとは思わなかったのだ。まさか、これ程だろうとは。


「……姫、ご覧の通りこの人物は異様です。お近づきにならないよう」


「えー。でも、お姉ちゃんはソガネしか居なかったし、最近は遊んでくれないし……」


「立場をご理解なさっていただきたい。貴方は鬼面族でも重要な姫としてーーー……」


「お嬢ちゃん遊びましょー。ベッドの中で遊びましょー!!」


「……少しこの変態を処分しますので」


「ま、待って! 色々待って!!」



読んでいただきありがとうございました

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