鈴音は鬼威なる面と衝突す
「何とも、まぁ」
その者は焔を身に纏いて雪地の上に建つ。
眼前では接近戦に長けた同族が脚撃を、或いは刃を振るいて敵を相手取っている。
何と言う事はない。普段の光景、ではあるのだが。
「面倒な相手だ」
ソガネの攻撃は速攻だ。
手数により相手を攻め、防御を飽和状態まで持ち込み、その四肢を避け急所を狙う。
その連撃たるや攻撃力が低いという面を除けば非常に有用である。
また、その攻撃力の低さもナイフで補っているのだから、隙の無い連撃とも言えるはずだ。
はず、なのに。
「……クォル、援護してくれませんか」
「馬鹿を言うな。お前を巻き込むぞ」
「仕方ありませんね。……全く、まさか全て防がれるとは」
彼女の攻撃は全てキサラギの斬撃によって叩き落とされていた。
クォルとソガネの計画は、ある程度キサラギの追跡を無効化、即ちある程度の攻撃を与えて無力化すれば良かったのだ。
だが、彼等が幾ら攻撃を放とうともその者を無力化することは出来ない。
時間は稼げたが、それだけだ。未だ一撃も与えられていない事に変わりはない。
このままでは彼の追撃を振り切れず、スノウフ国の援軍に捕まるのは時間の問題だろう。
「思いの外、手練れだったという訳だ。計算違いだな」
「どうします? このままでは捕縛されてしまいますが」
「……さてな。捕まってはあの盗賊団のようにお前に消されかねない。出来れば双方逃げたい所だが」
「貴方が口を割るとは思えませんがね。ですが後半は同意です。この場で双方逃げなければ意味がない」
その為には眼前の獣人をどうにかしなければならない、と。
彼等はそこまで言い切る事もなくキサラギへと向かい合った。
自分達が決死で掛かれば倒す事は可能だろう。
然れど、この状況下で最も必要なのは覚悟ではなく[逃げ]だ。
如何様にすれども、自分達にはそれを掴む必要がある。
「ソガネ、アレをやるぞ」
「正気ですか」
「余り使いたくない手ではあるがな。奴を無効化するにはこの一手しかあるまい」
「……承知しました。全く、よりによってこれを使う事になるとは」
ソガネはフードを剥ぎ、その面に奇異なる面を被せる。
白銀の元で双対なる奇異が揃い、武を構えた訳だ。
然れどもキサラギは異様な光景を前にしても揺るがない。揺らぐはずがない。
高が面一つで、同様する訳がない。
ーーー……尤も、彼等が今から出す手に同様はせずとも警戒はする訳だが。
「征くぞ」
「はい。……[狂鬼の面]」
奇異なる仮面が鬼威なる仮面へと変貌する。
眼前の者達が奥の手を出してきた事は言葉にせずとも理解出来た。
鬼面族の秘技ーーー……、[狂鬼の面]。
己が狂気を最大まで増幅し、相手を喰らう技。
「……逃がす物か。その面、この刃にて絶とうぞ」
「貴様も北国の騎士ならば我々のこれを知らぬ訳ではあるまい。……良かろう、その覚悟に敬意を表して相手取るまでよ」
「お喋りはそこまでです。征きますよ、クォル」
「無論」
まず始めに雪地を蹴り飛ばしたのはソガネだった。
彼女はキサラギの視界が揺らいだのかと錯覚する程の速度で迫り、その細首に刃を突き付けたのである。
本来ならば彼はそれを叩き落としただろう、ソガネの腕を切り落としただろう。
然れど避けた、回避した。真正面から受ける事を拒んだ。
鋼鉄で出来たナイフを受ける事を拒み、踏み込まない一閃で斬れる堅さではないと判断したが故に。
「むっ……!」
回避した先に待ち受けているのは盛り上がる地面。
雪地の中を伝いて熱源を送着、噴火の容量でキサラギの足下は爆破される。
白は掻き消され紅となり、紅は掻き消されて赤となり。
血肉焼く焔は彼の四肢を覆い尽くして、天高く昇り尽くしていった。
「逃げますか」
「所詮は足止めだしな。皮膚を焼ければ上等だろう」
「残念ながら毛先を焼くので精一杯ですよ。刃で焔を斬られています」
「……逃げるか」
「ですね」
彼等が雪地を蹴り飛ばすと共に踵を返し、その場から逃げ去りて数十秒後。
焔を斬り続けていた男は静かに刃を仕舞い、溶けて水溜まりと成り果てた雪地に靴を踏み込んだ。
今から逃げた連中を追うか、と。数度ほど脳裏でそんな思考を反芻させてから静かに足を水溜まりから引き上げる。
このまま追っても意味はない。あの戦力差で勝利するのは難しいだろう。
いや、それどころか若と呼ばれていた男一人を相手取る事すら不可能やも知れない。
最も賢い選択は仲間を待つことだ。
然もなければ海を越えてあの異形の大陸へ向かう事は叶うまい。
「……はぁ」
思わず、気苦労の息を吐く。
こんなため息を吐いたところで何も変わらない、と。
変わるのであれば、それは自身の信仰心が腐る事ばかりだろう、と。
故に未だこの腰を着き、刃を置くことは叶わぬのだろうーーー……、と。
「……決着は未だ、也」
彼は遠くから駆け寄ってくるメイドを目端に入れることもなく、そう呟いた。
この刃が彼等の面を絶つまで、決着は着かない。
自身の信仰心の元、それを覚悟とするべく。
彼は静かに、溶けた雪地の元に白き鈴音を吐いた。
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