城下町を覆うは
「…………」
一切の空気が制止していた。
男の言葉に誰も反応できなかったのは、刹那だろう。
然れど、その刹那が余りに永い。余りに重い。
まるで血肉を削るが如き一秒。まるで指先を切り刻むが如き一瞬。
彼の一挙一度すら、今の仮面の男達からすれば喉を切り裂かれるような思いだ。
眼前に居る、[四天災者]という脅威が故に。
「……君達の企みは、結構。町を人質に取りフェベッツェ教皇様を攫うという計画は、まぁ、適した物だったと思うよ」
決して悪くない計画だった。
いつ町中に爆弾を仕掛けたのかは解らないが、その迅速な行動。
そして町民という、相手の宗教上無視できない人質の取り方。
曲がりにも何も[計算違い]さえ無ければ彼を封ず事も出来ただろう。
その四天災者を、無力化する事も、出来たはずだ。
「仮にも四天災者なんて呼ばれてるんだよ、僕。町一つくらいーーー……」
その異変にまず気付いたのはラウディアンだった。
病で声を失った彼だからこそ、声なき世界の音を聞くことが出来たのだろう。
そして、彼の反応を糸口に他の面々も異変に気付き始める。
世界が震えていると形容するに相応しい、異変に。
「護ってみせるさ」
彼の一言を合図に、周囲には幾千数多の精霊が召喚されていた。
幾千数多、否。そうではない。
数えることすら億劫になるほどの、有象無象の上級精霊が。
「[結盾霊・グランゼフスト]……!!」
通常、召喚士が一度に召喚できる精霊は一体のみである。
喩え凄腕の、それこそラッカルのような熟練者であろうとも数十体が限度だ。
況して上級精霊ともなれば同じ精霊という括りであろうとも必要魔力は数倍に膨れ上がる。
だが、[四天災者]にそんな常識は通じない。
魔力を持たぬ獣人であるダーテン・クロイツという人物にすら、通じない。
「……化け物め」
ユーラは、そう形容せざるを得なかった。
[結盾霊・グランゼフスト]。上級精霊の中でもその守護力は群を抜く。
一切の攻撃手段を持たず、一切の移動手段を持たない、精霊。
然れどそれ故に、それと引き替えに、その防御力は随一と喩うに相応しい。
自身の知る最強の拳撃を持つ男ですら、砕けるかどうか怪しい程に。
「これで町の安全は確保出来た」
その一言が意味するのは、自分達を取り巻く[結盾霊・グランゼフスト]が城下町全てを覆い尽くしているということ。
小さな図体を結界という半透明の球体で包んだそれが、この街全てを結界で守りきっていると言うこと。
チンケな火薬程度、平然と押さえ込めると言わんばかりに、守りきっていると言うことなのだ。
「さて、これで君達の企みはご破算という事かな?」
確かにそうだ。
そもそも彼等の計画は大前提として町という人質があった。
無差別な爆弾設置という言葉からしても、何処で爆発するか解った物ではない。
必然、捜査している暇などないし況して撤去となれば尚更だ。
だが、ここに居る四天災者という化け物は平然とそれを無効にする。
陳腐な計画も、チンケな火薬も、全てを。
「……踏ん反り返ってんじゃねぇぞ、四天災者」
この場では、虚栄としか思えない言葉を吐いたのはユーラだった。
戦場慣れした者なら一目で解るだろう。彼は戦士ではない。
恐らく裏方か、回復役か。何にせよ剣や拳を振るう部類の人間ではない。
では、どうしてそんな人間が強がりを言うのか。
考えられる理由は一つ。
[強がり]では、ない。
「ソガネッッ!!」
突如、クォルが叫んだ。
その一言を合図にラウディアンが彼とユーラの前に壁が如く立ち、両腕を交差させる。
その様は正に鉄壁の盾といった風だった。
だが、今も彼等を盾が囲み、最強の刃が睨み付けていることに変わりはない。
何らかの合図を出したとて、それが意味を成す物では決してーーー……。
「……な」
違和感。
ガグルから見た連中はあろうことかダーテンに背を向けたのだ。
即ち、ラウディアンが盾として回ったのはクォルとユーラの後方。
大聖堂から攻撃が降り注から防御する、と。そう言わんばかりの行動を取ったのである。
「何を……」
ガグルとラッカルがその異変に気付くまで、数秒。ダーテンがその異変を察知するまで、刹那。
ラウディアンの眼前、それこそ足下と言っても間違いない程の地面が盛り上がりを見せたのだ。
それと同時にクォルが地面に手を着いている様、彼等の元に漆黒の影が飛び込んでいく様が見えた。
全てが重なったとき、それは炸裂する。
爆音、豪風、白煙、粉塵。
雪地を爆破し、白煙に混じらせた雪を飛ばし、飛翔。
謂わば砲弾のように、彼等は空を高々と舞ったのだ。
恐らく魔術だろう、ラウディアンが地面表面のみを硬化させ、クォルが地面内部を爆発させる、緊急撤退術。
「……何とまぁ、無茶苦茶な」
自身の前に浮遊する[結盾霊・グランゼフスト]を押しのけながら、ラッカルはそう呟いた。
恐らく仕掛けていた爆弾の一つだろう。狙って仕掛けていたかどうかは解らないが、間違いはあるまい。
そしてソガネと呼ばれた、直前に飛び込んだあの女性らしき人物。
恐らく彼女もまた、協力者のはずだ。
「……助かったわ、ダーテン団長。咄嗟に精霊で防いでくれてありがと。お礼は体でするわ」
「いえいえ、どういたしまして。後半は遠慮するけどもね」
冗談を交わし合う中でも、彼等の表情は晴れなかった。
逃げた、のだろうか。そう考えるのが妥当ではあるがーーー……。
四天災者の到着は充分に計算外に相当し得る。しかし、本当にそれだけで崩れる計画が彼等の思惑だったのか?
「…………」
未だ疑惑は消えない。
既に白銀と曇天の彼方へ消えていった者達の姿を確認する事も、出来るワケはなく。
未だ消えない一つの黒き灯火が、彼等の中で燻り続けていた。
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