雪地の中で動き始めて
《城下町・民宿》
「……!」
「どうした、ラウディアン」
「…………」
大男は身振り手振りで自身の感じた違和感をクォルへと伝達した。
聞き覚えのある拳撃の音が、若しくは闘争の音が聞こえた、と。
ここからはそう遠くない。そして戦っているのは間違いなくーーー……。
「始まったか」
クォルは眼前で超獣団とあーだこーだ喋っているユーラの肩を叩いた。
振り返った彼は何だよぉと笑っていたが、クォルが纏う雰囲気が状況の全てを伝うに事足りる。
表情から段々とその笑みを無くし、懐から取り出したそれを身につけた。
「キシシシッ。何だ、その変な仮面」
「まっ、気にすんな。……それとな、この国で仕事取るのは暫く難しいぜ」
「……何かやらかすのかよ」
「聡いな。じゃ、解ンだろ? 暫くは宿から動かないことだな」
奇異なる仮面を身につけ、その者はフードを脱ぎ捨てて白銀の世界へと繰り出していく。
彼に追随するが如く、クォルとラウディアンもまた、奇異なる仮面を身につけフードを脱ぎ捨てていった。
背を向けるその者達が纏う者は、先の酒場でのそれとは明らかに変質している。
言うなれば鈍らから刃へ。例うならば水から毒へ。喩えるならば生から死へ。
「……ココノアを部屋に運ぶぞ、シャムシャム」
「あ、あの人達は」
「手ェだすな、キシシッ……。連中は放っておけ。私達が関わるべきじゃねぇ。下手に関わればスズカゼより面倒なのに引き摺り込まれるぞ」
「りょ、了解しました……」
《城下町・住宅街》
「……どうしたデス? キサラギ」
「戦の音なりや。近き哉」
凛と鈴を鳴らし、その者は爪先を戦音の元へと向ける。
彼に沿ってピクノもまた、戦音など聞こえないがーーー……、その方向へと体を向けて見せた。
「拳と刃。一人は華奢。……もう一人は、解らぬな。細き糸の中に鋼を流し込んだかのような強さ故」
「た、多分スズカゼさんだと思うデス! 早く助けに行くデス!!」
「否、その必要やなし。双方とも本気では無いように感ずる。何かに遠慮しているのか、或いは何かを狙っているのか……」
「じゃ、じゃぁ、私達はどうすれば良いデスか?」
「団長の指示を仰ぐべし。我は万が一に備え援護に向かうなりや」
「了解デス! 気を付けるデスよ!」
「……無論なり」
《城下町・大聖堂通り》
「……ん、始まったみたいね」
「この剣撃音、キサラギじゃねぇな。奴はこんなに愚かしく激しく撃ち合わねぇよ」
「まぁ、真正面から馬鹿正直にはやってないみたいだけどね。この連中みたいに」
地より這い出た数多の樹木は飛来してきた火炎弾を叩き落とした。
その身に焔が宿ろうとも、雪地に再び潜ることで沈火は容易い。
故、続く第二第三の攻撃にも耐えられるし、木の根は一本ではない。
次の攻撃はまだかと待ち構えるガグルと彼の使霊である[木根霊・ジモーグ]に投げかけられたのは火炎の球体ではなく、言葉であった。
「見事。流石は聖堂騎士団」
「……鬼面族か」
「どーもどーも。皆大好き鬼面族共でごぜーます」
「ユーラ」
「……悪かったよ、クォル。睨むなって。お前の面は特別怖ぇんだから」
冗談交じりに笑い合えど、そこには隙の一つもない。
恐らく今、一撃を放ったとしても容易く叩き落とされるに違い無い。
ただそれだけの動作とやり取りでガグルには彼等の実力の高さがヒシヒシと伝わったのである。
「……で? 何で真正面から馬鹿みたいに来たのか教えてくれる? 私とガグルになら二人で勝てるとでも?」
「おいおい、まさか聖堂騎士団副団長ラッカル・キルラルナと真正面から馬鹿正直にやるかよ。ウチの若様ならやれるだろうけどな」
「無駄口を叩くなと態々言わせる気か、ユーラ。……ラッカル殿、我々は諸君等に警告を行うために参ったのだ」
「警告? するのはこっちだと思うんだけど」
「街中に爆弾仕掛けまくってみたんだけど、やっぱいらない?」
その一言はラッカルとガグルの眉間に憤怒を表すには充分過ぎる物だった。
否、憤怒と言うにも生優しい程に、醜き怒り。
守護する対象を見誤った自身と、守護する対象を狙った相手への怒り故に。
「おわっ、怖ぇ」
「そう睨んでくれるな。何も問答無用で爆発するつもりはない」
「…………目的は?」
「町全体を人質に取っちゃ居るが、実際こんなモンはオマケだぜ? 俺達の本来の目的はフェベッツェ教皇の身柄にある」
「あの方と町の命を天秤に掛けろ、と」
「我々もそこまで非情になるつもりはない。これはあくまで政治的取引だ。……貴様等の対応が適切であるならば、フェベッツェ教皇の身に危害は一切加えないと宣言しよう」
「信用出来ねぇな」
「信用するしか無いのよ、選択肢はないわ」
「……チッ」
不満の舌打ちと共に、ガグルは地面に忍ばせた使霊を解除した。
ラッカルもまた、戦闘意思がないことを示すように両腕を上げてみせる。
全くの無抵抗。それを確認すると共に、クォル達もまた白銀を踏み締めて歩み出した。
二人の隣を平然と通り過ぎ、最早眼前へと迫る大聖堂へとーーー……。
「悪いね。民を護るのは僕達の役目だけれど、フェベッツェ教皇様を護るのも僕達の役目なんだ」
皆の背筋が凍り付き、いや、違う。
そんな温い物ではない。その程度の冷ややかさではない。
背筋全てを剃り落とされたかのような悪寒。爪先から脳天までを最大の警告信号が駆け抜ける。
その声を耳にする事は、即ち死の誘いと言わんばかりに。
「だから僕は、双方を成す」
白銀の世界に融け込むが如く、その者は立っていた。
たった四人で世界の均衡を保つ、その一端。
[断罪者]こと、ダーテン・クロイツは。
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