紅蓮と仮面
《城下町・町外れの廃墟》
「…………さて」
「本気で迷ったヤツじゃないですか、これ」
「あ、あははは……」
スズカゼは密かに懐の中のジュニアをメイドへと渡し、彼女の中へと移動させていた。
街中を彷徨って時間を稼ぐはずが、いつの間にやら町外れの廃墟が今できてしまったのだ。
事前に設定していた条件からも、ここでは男が戦闘を仕掛けてくる可能性がある。
何せ今ここは人っ子一人いない廃墟街。自身が彼に忠告した住民達に被害を出さないという点には見事に当て嵌まるのだから。
……いや、待て。
ここは逆に利用すべきではないか?
「メイドさん、ちょっと」
スズカゼはメイドの前に手を差し出して、後ろに下がるよう合図した。
彼女もまた、スズカゼの意思を確認することに時間を要さない。
この場で戦うつもりだ。だからジュニアを自分に預けたのだろう。
となれば自分は邪魔でしか無い。彼女の合図に従い、廃墟の何処かにでも逃げるべきだ。
「戦うのは構わんが」
彼女達の思惑を知ってか知らずか、男はそう釘を刺す。
メイドは驚愕と共に恐怖を、スズカゼは戦慄と共に戦意を。
同じ立場に在りながら全く違う二人の意思を感じながらも男は静かに仮面の下の息を吐き捨てた。
「こちらも応戦させて貰うぞ。手は抜かん」
「さいで。淑女相手ですしちょっとぐらい抜いてくれても良いんですよ」
「何だ、この大陸では化け物を淑女と呼ぶ風習でもあるのか」
「誰が化け物ですか、誰が」
「紅蓮に塗れた化け物が何を言う」
スズカゼの一閃が男のフードを穿ち、鬼面を白日の下に晒す。
爆ぜた、否、燃えたフードを男は回避と共に脱ぎ捨て、空中で反転。
眼前の[化け物]へと脚撃を叩き込んだ。
「こんな淑女が化け物なら貴方は何ですか」
「……まず淑女という前提が間違っている気がするんだがな」
あくまで脚撃は牽制。精々、肉を抉る程度の威力しかない。
スズカゼはそれを理解しているが故に脚撃を防御する事はなかった。
肉を斬らせて骨を断つ。文字通りの行動において自身の鮮血を視界の端に映しながら、男の腕へと刃を滑り込ませる。
肉ではなく骨を断つ一撃だ。相手の腕を飛ばすには事足りる。
回避は不可能だ、が。
この程度なら避けるだろう、この人物は。
「……ふん」
だが、避けない。
避けはしなかった。そう、避けはしなかったのだ。
自身の掌で刃を掴み、そのままスズカゼごと持ち上げたのだから避けてはいない。
「んなっ」
魔炎の太刀という魔具の切れ味は間違いなく一級品、いや、それ以上だ。
だと言うのにこの男は流血一つなく達を掴み、その所持者であるスズカゼごと持ち上げてみせた。
少女は呆気なく宙に浮きながら、相手の細身より発せられるその規格外の力に、ただ瞳を開くばかり。
「手は抜かんと言ったな」
男は軽く空いた拳を捻り、構える。
ただ腰元に携えられたそれが、今のスズカゼには大剣より分厚く、剣より鋭く、斧より重く見えた。
自身を貫く、凶悪な武器に見えたのである。
「ーーー……聖闇・魔光」
拳が彼女の腹部に向けられ穿つ刹那。
スズカゼの身を紅蓮の衣が覆い尽くし、周囲に爆炎を解き放つ。
数百メートルほど離れていたメイドの頬を焼く程の、辺りに降り積もった降雪を溶かす程の、余りに高熱度の熱風と共に。
「むっ……!」
無論、肌身を焦がす程度で男の拳撃は止まらない。
彼は微かな怯みこそ見せたが、拳撃の威力は一縷として殺さなかった。
触れただけで皮膚を爆ぜさせ、肉を斬り刻み、骨を折り砕くに充分な一撃。
本来ならばその一撃の元、全てが集結しただろう。
然れど、紅蓮の衣に対しては例外である。
「防ぐ、か」
衣に沈むようにして停止する、拳。
例えるならば宙に浮いた布地に拳を殴りつけたような、柔い感覚。
肉に近しい衣を殴った感覚では無い。
通常であれば鎧を殴っても中身の感触程度はある物だ。
となれば、この衣の今し方出現した事も含めて通常の物でないと見るべきだろう。
「まぁ、関係ないがな」
男はまず微かな踏み込みを見せた。
左足の踵を前にズラし、先程放った右手を衣より離す。
そして再び踵を引き戻して右手による拳撃。この間、一秒の五分の一未満。
刹那という形容が似合うその拳撃は衣を剥がすことも引き裂くこともない。
必然。目的は内部にあり。
「マズーーー……ッッ!!」
スズカゼは衣の中で体を捻り、半回転を見せる。
回避目的だが、それを行うだけの暇はない。
自身に腹部より前にあるその拳の照準を裂けること。その一転に意識を集中しての反転だ。
「ほう」
男の関心する声は凄まじい金属音によって掻き消される。
彼の拳は確かに衣を剥がしも引き裂きもしなかった。
目的は内部、スズカゼにあるのだから。
「ちィーーー……ッッ!」
男の拳撃が爆ぜさせたのは魔炎の太刀の峰だった。
金属故に衝撃は持ち手のスズカゼに直接伝わるが、損傷はない。
常人ならば肩の脱臼、或いは骨折程度はあっただろうが、それが無いのは偏にスズカゼの頑丈さ故である。
「よく解ったな。大抵の連中はこれで一発だが」
「生憎とその手の技には予備知識がありましてね。こちとら剣道やってたんですから武道にもある程度の感心はありますがな」
「む? ……何の事か解らんが、まぁ、本気を出し惜しみする必要はないという事は解った」
「そこはちょっと遠慮してくださいよヤダー!!」
紅蓮の衣を纏いし少女と奇異なる仮面を纏いし男は対峙する。
その圧倒的に異常な力と技術を持って。
死線を潜り合わせるが為、刃を向け合った。
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