白き世界で擦れ違い
《城下町・大聖堂通り》
「……きゅぅ」
スズカゼの防寒具より頭を出し、ジュニアはくるりと周囲を見回した。
その小柄な頭が見るのは白銀の世界。そして、そこに映える自身の親。
視界の殆どを覆い尽くすその人物の隣には、気まずそうに背を丸める女性が一人。
そして、フードで顔を覆い隠した男が一人。
「何で居るんですか」
「迷った。で、知った顔が居たのでな」
「つい数時間前の話じゃないですか」
「迷子というのは存外、心細いんだ……」
そのフードの男というのはつい数時間前、スズカゼ達と険悪な雰囲気で別れたあの鬼面族の男だった。
何でも彼曰く、あの別れた後で直ぐに迷子となってしまい、街を歩き回っていたらしい。
仲間は見つからないし、ここが何処だか解らないし、人々は奇異の目で見てくるし。
もう散々だと心細くなっている所に、やたら周囲の少女を見ている変人とその人物を咎める女性という見覚えのある面々を発見。
そうして現在に到る、というワケだ。
「いやいや、貴方って襲撃者でしょうが。普通ここは仲間と共に攻めてくるとかしましょうよ」
「お前がそれを推進するのはどうかと思うが。……いや、その仲間とも会えないしな。もう帰ろうかな、と」
「帰ってくれたらそれが一番なんですけどねぇ」
とは言っても本人に帰る気は一切なし。
元より目的を果たさずして迷子になったので帰って来ました、では確かに恰好は付くまい。
だが、このままでは彼をこの国の中枢であろう大聖堂に案内する事になるし、流石に連れて行く訳にはいくまい。
とは言っても何処かに行けと言ったらとんでもなく寂しそうな気配を醸し出されるし……。
「……さて、どうしたものか」
いっそのこと、ここで戦ってしまおうか。
いや、未だメイドが隣に居るし懐にはジュニアが居る。しかも市街地だ。
こんな所で彼と戦って、周りに被害を出さないはずがない。
この選択肢は、ない。
そういう意味では、彼が未だ相手が大人しく着いてきてくれる事に感謝すべきだろう。
尤も、自身の腹に爆弾を抱えているような物なのでとても落ち着かないが。
「……あ、スズカゼさん。大聖堂はこっちですよ」
「へ?」
彼女の思考を知ってか知らずか、メイドは突然、見当違いの方向を指差してそう言った。
スズカゼも一瞬は考えたが、彼女の思惑を直ぐに理解する。
このまま連れて行っては危険なのだから、街中を連れ回してしまおうというワケだ。
男は迷子で癇癪を起こすような人物には見えないし、戦闘意思もない。
また、スズカゼ達の到着が遅れれば必然的に[最悪の事態も考慮して]捜索隊が編成される。
ここまでくれば後は思惑通り、と言った所だろう。
成る程、良い手を考える。
「あー、そうでしたね。こっちだった」
「何だ、迷いそうになってたのか」
「現在進行形で迷ってる人が何を……。ってか、どんだけ方向音痴なんですか」
「進みたい方向に進んでいるだけだ」
「無鉄砲って言うんですよ、それ。森とか山とかで遭難したりしたらどうするんです?」
「虫は貴重な蛋白源だな」
「経験済みかよ」
こんな風に雑談を交わしながらも、彼女等は全く見当違いの方向へ進んでいった。
時間は稼げても数十分が良いところだろう。この男の仲間に遭遇すればその時点でアウト。
さらに言えばスノウフ国の聖堂騎士の誰かに遭遇してもアウトと見るべきだ。
だが、かといって路地裏に行けば彼も戦闘意思を見せるかも知れない。
故に数十分が良いところ、というワケだ。
「……」
「お? どうした、ラウディアン」
「…………」
大柄の、ラウディアンと呼ばれた壁が如き男は勘違いだったと言わんばかりに首を振ってみせる。
そうか、と彼に問うた男もまた視線を向ける事無く歩み出した。
自分達が探している疾うの人物が爆弾認定されて爆弾と共に歩いているとも知らずに。
「キシシッ、悪いな。ウチの馬鹿が酔い潰れたのを運んで貰ってよ」
「いや……、こっちの馬鹿も酔い潰れたから序でのような物だ。宿はこちらで良かったかな」
「あぁ、そっちのボロ宿だ。キシシッ。しかしその探してる奴ってーのは方向音痴なのか?」
「確か、一ガロも離れていない地域へ狩りに行って数百ガロ離れた場所で発見された事はあったな」
「それ方向音痴とかいう次元じゃねぇだろ……」
彼女達六名は目的の宿へ向かう中、白銀を掻き分けて進んでいく。
スズカゼ達とはまた正反対の方向へ、住宅街を挟んで進んでいく。
彼女達のまた隣、スズカゼ達と二棟ほど離れた場所にある人物が居るとも知らずに、進んでいく。
「……何か今、物凄く良い匂いがした」
「おいおい頼むぜ、副団長。今は愚かに飯の話してる場合じゃねーだろ」
「いや、獣人の女の子の匂いね」
「……何でこんな愚かなのが副団長なんだろうなァ」
一方、超獣団とフード一行と住宅街を挟んで隣、スズカゼ達とは二棟ほどの住宅街を挟んだ場所。
そこには変態に付き合わされ気苦労の息をつくガグルと、その変態の姿があった。
二人は今現在、鬼面族一味の捜索に当たっているワケだが、一切の進展はないようである。
「つーか追尾用の精霊付けたんだろ? どうなったんだよ」
「教会出た瞬間に屠られたわ。パないわね」
「おいおい、マジかよ……。キサラギとピクノも別行動させねぇ方が良かったな」
「あの二人なら大丈夫でしょ。貴方みたく戦闘能力が殆どないワケじゃないし」
「うっせぇ。第一、アンタがあの二人に対してまともに行動出来りゃ愚かにもこんな事にはならなかったんだ」
「ロリっ子と超絶美形獣人を前にして我慢できるだろうか? いや、出来ない」
「……愚か過ぎて言葉が出ねェ」
三組がそれぞれ別の方向に進み、擦れ違っていく。
互いを明確に視界へ収めることもなく、ただ。
白銀の世界を掻き分けるようにして、擦れ違うのだった。
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