酒場での会合
《酒場・白雪》
「ラウディアンを壁と思って殴ったぁ!? 面白いこと言うなぁ、アンタ!!」
「うるさいぞ! 私だってその後素っ転んで散々だったんだ!!」
酒を片手に喚きかと思うほどの声で言葉を交わすフードの男とココノア。
喧騒渦めく酒場の中でも明らかに浮いている二人を見るようにして、二組の男女の姿があった。
壁というか、何と言うか。2mはあるであろう巨大な筋肉質の男、彼とは打って変わって細長いという表現がとても似合う細身の男、そしてムーとシャムシャム。
何とも奇妙な組み合わせが対面同士で座っており、その席は完全に無言。
ココノア達の席と比べれば別世界か異次元ではないかと思うほどに静かだった。
「……ウチのがすまんね」
「キシッ、いや……」
とても、静か。
細い男とムーはほぼ同時に酒を、スノウフ国では割と有名なアルコール成分の低い体を温めるため飲用される酒を飲む。
最早、その行為は逃避だ。この信じられないほど気まずい状況からの逃避。
さて、漸く厄災の種、というか厄災の花から解放された彼女達がフードの者達と居るのかと言うと、だ。
つい数時間前にココノアが殴った大柄の、要するに今し方シャムシャムの隣に座っている大男。
その男と細い男は別に気にしないで良いと言ったのだが、残る一人の男があろう事かココノア達に酒を飲ませてくれと要求。
謝罪の意味も含めてというムーの言葉と共に超獣団の面々は承諾したのだが、所謂、お酌をする際にココノアが誘ってきた男の顔面へ酒をブチ撒けた。
無論、故意ではない。転んでしまっただけである。
しかしそれで怒ろうとした男にココノアが逆ギレした為、何故か意気投合。
そうしてこの場面に到るワケである。
「あ、あの……、自己紹介……、とか」
遂に気まずさが限界点を突破したのだろう。
シャムシャムは互いに自己紹介をしないかと提案。フードの二人は承諾するように趣向を見せた。
ムーは言わずもがな酒に逃げており、酔いはしないそれにチビチビと口を付けている。
「私達は……、[超獣団]という傭兵部隊です……。その、この国にはお仕事を探しに来ました。私はシャムシャム・ミンミン……。私の前に座ってて……、帽子被ってるのがムー・メルダナンテ。あそこで酔ってるのが……、ココノア・ペルシャムです……」
「あー、うむ。我々は旅の者だ。こちらの大型の男はラウディアン・アメール。病を患っていて喋れない。唸り声程度は出せるからその点は留意してやって欲しい。私はクォル・アメール。そしてあそこで馬鹿騒ぎしてるのがユーラ・アメール。馬鹿と覚えてやって欲しい」
その言葉を聞いて、ムーはキシッと小さく笑みを零す。
アメールと言えばロドリス地方の末端に住処を置く鬼面族の名だ。
ここに来るまでにスノウフ国の特性ぐらいは調べている。そして、その過程で必然的に出て来た名こそが鬼面族なのだ。
鬼面族とスノウフ国には宗教的な諍いがある。と言うのも、スノウフ国の国教であフェアリ教に登場する七人の大罪人の内、一人の末裔が鬼面族だと言われているからだ。
彼等が名乗った一族の名、アメールこそが大罪人の一人である。
下らない事で争っているのだとは思うが、彼等からすれば自身の一族、或いは誇りを根底から揺るがしかねない事だ。
そこに許容の余地がないというのは解らなくもない。
尤も、自分はそこまで種族云々に関わろうとは思わないのだが。
「…………」
男は細身の、クォルの紹介に相反するが如くぺこりと頭を下げる。
余りに大柄な物だから上からぶら下がる照明に頭をぶつけたのは言うまでもない。
まぁ、その際に照明が外れてムーの眼前に落下し、彼女が驚きの余り酒を零したという事は付け足しておこう。
《城下町・船着き場》
「……正体不明の船が一隻ぃ? この愚か者がぁ! 何で報告しねぇんだ!」
一方、吹雪が完全に止んだ外。
超獣団が数時間前にフード一行と遭遇したその場所には怒声が響き渡っていた。
と言うのも、どうやら正体不明の船が一隻着岸していた事を報告し忘れた事に対し、立場ある人間が責任者へ説教を喰らわしているようなのだ。
その者の他にも酷く落ち着いた、傍目には女性にしか見えないような美形の獣人も一人。
「……もう良かろう、ガグル。我々の目的は其所にあらず」
「ったく、次から気を付けろよ!!」
ガグルと呼ばれた男はその獣人に呼ばれ、渋々踵を返す。
彼を迎えるように獣人は隣を歩み出し、携えし刀の柄に着いた鈴を凛と鳴らした。
男はその音と共に牙を剥きだしにし、苛つきを露わとする。
何も白銀の世界に染み渡る音を嫌ったワケではない。
ただ、自身の心音を喚かせる不穏さが気に食わないだけだ。
「本部のーーー……、大聖堂の警備を割いちまったが構わねぇのか」
「構わぬ。あの場所には最大の盾が居る故」
「解ってんだよ! だが、ラッカルさんから来た連絡にもあったろ? 連中は何らかの対策をしてるってよぉ」
「如何なる対策を講じようがあの盾を破るのは不可能なり」
「そりゃそうだけどよ、キサラギ。ただそれだけとも思えねぇんだよ、俺は」
「……我々の成すべき事を成すが吉。無駄なる思考は隙を産む故に」
キサラギは藍色の髪を指で梳き、微かな思考を雫が如く落とす。
確かにガグルの言う通りだ。今回の一件、何やら不穏な雰囲気がある。
これがただの予感とも思えない。然れどその正体は空這う雨雲のように黒く、掴めない。
この感覚が、杞憂であれば良いがーーー……。
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