企みへの対策
《聖堂教会・第八十四支部教会》
「吹雪が止んだな」
鬼の面を持つ男は窓から外を眺め、そう呟いた。
先程までの白銀は消え失せて世界の地だけが白と化している。
脚を沈めれば超えられる、その世界に。
「もう行く事にしよう。仲間も私を探しているはずだ」
「はぁ、さいで。再三言いますけど」
「繰り返さなくて結構。仲間も出来るだけ他人に関わらないよう、留意させておこう」
「ありがとうございます。起こさなけりゃ一番良いんですがね」
「それは無理な話だろう」
鬼面の奥底より聞こえる微笑の声。
扉の前に立つ彼を前に、スズカゼを除く全員が警戒の色を出している。
彼もそれを感じ取ったのだろう。それ以上は何も言うことなく、立ち去っていった。
白銀の世界に脚を埋め、その奇異たる面をフードの闇で隠し。
やがて城の中へと、消えていく。
「……ラッカルさん」
「ま、ちょっと対策ぐらいはしておいたわ。隠密の精霊を一体尾行させてる。……けど、あの男には無意味かもね」
「ど、どうするデスか? ダーテン様に報告……」
「そっちはもう精霊飛ばしてる。各支部にも連絡は行ってると思うわ」
「流石、連絡が早いですね」
「まぁね。……で、肝心のスズカゼちゃんとメイドさんなんだけど」
ラッカルはにこりと、とても良い笑顔を見せた。
その笑顔がろくでもない事を意味するとメイドは察知し、スズカゼは尻を撫で回してぇと手を蠢かせる。
で、当人のラッカルが次に発した言葉というのは。
「二人とも、今すぐ大聖堂に行ってくれない?」
今すぐ避難せよ、という物だった。
「嫌です」
無論、スズカゼは断りを入れる。
外面的に見れば他国の重鎮を自国の騒動に巻き込んだとなれば、容易い物ではない。
下手をすれば四大国条約に亀裂すら入れかねない、が。
スズカゼは現在、かなり特殊な立場にある。
そもそも、彼女はこの国に謝罪に来たのだ。訪問したワケでも状勢を話し合いに来たワケでもない。
さらに言えば、一組織に突貫を掛けて壊滅させる程度の実力はあるワケで。
そんな人物に常識を適用しろと言う方が無理がある。
だが、外面的にそれを認めるワケにもいかない。
ワケワケ続きの人物は非常に扱いが面倒臭い、という[ワケ]だ。
「い、いやぁ、でもねぇ」
「あの人が口約束を護るかどうかは微妙なトコですし、実際に襲撃があると宣言したんです。それに、彼は相当な実力者でしょう? 戦力は多い方が良いのでは?」
「その点は大丈夫デス! 何たってこの国には」
「四天災者[断罪]ことダーテン・クロイツは居ないと考えた方が良い……、ですね」
メイドの言葉にスズカゼは頷き、ラッカルはしまったと言わんばかりに額に手を当て、ピクノは何の事かと慌ててメイドに視線を向ける。
当の本人は何かマズい事を言ったのだろうかと口に手を当てていたが、それを補助するように現状を理解している二名が同意の言葉を述べた。
「確かに、四天災者相手で真正面から喧嘩売る馬鹿は居ないわね。メイドさんの言う通りだわ」
「あの余裕からして既に対策は仲間がやり終わってるんでしょうねぇ。あぁ、もっと早く気付くべきだった」
「え、じゃぁ……」
「結構ヤバいですね、今」
大国本土に乗り込んできた連中が、最大戦力相手に何の対策もしないはずがない。
そしてその準備は既に終わっていると見るべきだろう。
何の作戦にせよ、相手が四天災者を封ずに匹敵すると判断した代物だ。
その代物が如何に関わらず、危険な事に変わりはない。
「……ラッカルさん。あのお面の人に見覚えは?」
「んー、多分、鬼面族じゃないかしら。四国大戦にも大して関わらなかった、ロドリス地方の極端に居る一族ね。あの一族とは衝突が絶えないのよ」
「そりゃまた、どうしてです?」
「そこは宗教観入ってくるからちょっと説明長くなるから、フェベッツェ教皇からでも聞いて頂戴。ってなワケでやっぱり大聖堂に行ってくんない?」
「えぇー、でもですねぇ」
「一応は客人なんだから尊重して欲しいのよ。まぁ、戦力ならこっちだって聖堂騎士団も居るし心配ないわよ。私やダーテン様もガチるし」
「何か色々ヤバそうですね、それ」
「まぁ、一回ダーテン様モフモフし過ぎて怒られてね。寝床に忍び込もうとしたら寝起きのあの人に本気で怒られた事あったわ」
「何してんですか」
「だってモフモフ……、ふさふさ……」
「私は抱き付いても怒られないデス」
「私がピクノちゃんに抱き付いたら怒られるです」
「それは当然ですよ、スズカゼさん」
下らない会話を交わしながらも、彼女達は現状を思考する。
相手の戦力は解らないが、恐らくは相当な物だろう。
四天災者を無効化するだけの下準備は済んでおり、既に国内へ潜入済み。
考え得る限り、かなり厄介な状況である。
「対応策はどうしようもないわね。……ま、何にせよスズカゼちゃんとメイドさんには大聖堂に行って貰うわ。何回でも言うけど行って貰うわ」
「ぶぅー」
「はいはい、ふて腐れない。守護対象は一カ所に集まった方が色々とやりやすいのよ。理解して頂戴」
「解りましたよ、仕方ない。その代わり後でお尻撫でさせてくださいね」
「前でも良いわよ」
「では、それで」
下らない会話に呆れながらも、メイドは教会の神父に挨拶を行って変態と共にその場を後にした。
残されたラッカルとピクノはこれから各支部に連絡を取りに行くのだろう。
こうして、着実に準備は進んでいく。彼女達の、鬼面族に対する対策の用意が。
然れど気付くことはないのだろう。その対策の、その用意の思想が。
根本から間違っていることに。
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