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獣人の姫  作者: MTL2
北の大国
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フードの者達

「あ、もうちょい寄りましょうか?」


「いや、女性に寄って貰うのも悪い。構わん」


「寒いデス……」


「全くだな」


暖炉の前で蹲るスズカゼ、ピクノ、フードの男。

端から見れば旅人達の和気藹々とした会話に見えるが、メイドとラッカルからすればそれ所ではない。

先程感じた、あの恐怖にも似たような悪寒。

背筋を凍らせる一瞬の殺意は、間違いなく殺気の塊だった。


「……メイドさん、ちょっとあの男ヤバいわよ」


「は、はい。こう、背中を剃るような恐怖が」


「殺気を抑えてすらない、本当に威嚇すら必要としない男……。彼を下手に刺激しない方が良いわ」


「あの、それは……」


メイドの不安は既に的中していた。

彼女等が警戒するフードの男に対し、スズカゼは非常に友好的フレンドリーな会話を行っていた。

普通は特に反応もせず待つ物だが、彼女にそれを期待するのが間違っている。


「フード被ってると蒸れません?」


「うむ、まぁ、そうだな。外は寒く中は暑いなど謎かけのようだ」


「ですよねぇ。……あぁ、それでご用件は?」


一歩、中へ、踏み込む。

その言葉を境として男の反応は明らかに変化していた。

スズカゼの隣に居るピクノは敏感にそれを感じ取っており、毛先一端まで尖らせている。

明らかに、マズい。


「……どうして解ったのか、聞かせて貰いたい」


「腕がね、違うんですよ。武器を振る人間のそれでもないし銃を撃つ人間のそれでもない。かと言って、戦を知らぬ人間のそれでもない」


「ふむ、迂闊か」


「拳撃、柔よく剛を制すのではなく、柔を持って剛を奏す。貴方の武器は拳でしょう」


「ご名答だ。で、それを知ってどうする」


「さぁ? 貴方の目的次第としか。……生憎、私はこの国に訪れただけなんで面倒事起こすのなら対応させていただきますが」


「それは言えんな。ただ、一つ言えるとするならばーーー……」


男はフードを剥ぎ、その顔面を紅蓮の元に晒す。

暖炉の焔に照ったのは、正しく鬼の面だった。

威鋭な牙、真っ赤な眼、刃が如く鋭き角。

それは紛う事なき般若のような、面。


「ぶっちゃけ仲間とはぐれたのでどうしようもない」


「何やってんですか」


「いや本当、何してるんだろうな」


思わずピクノが涙目になりながらスズカゼに抱き付くほど恐ろしい面の男は、肩を落としながらそう呟く。

スズカゼの一言を否定しない辺り、男には何かあるのだろう。

仲間とはぐれた、という事は少なくとも単独犯でない。

これ程の男だ。同等の実力者が数十人は居るのならばーーー……、楽観視できる状態ではないだろう。


「で? 今ここで行動を起こす御積もりで?」


「まさか。我々は野蛮人ではない。戦いにも意思があって行うのだ」


「はぁ、そりゃ結構ですけども。他の人に迷惑は掛けないでくださいよ?」


「うむ、努力しよう」


男は暖炉に手を翳し、丸まった背中を微かに伸ばす。

焔の光は未だ彼の異形を照らし、殺意を燃やす。

然れど鬼の拳が動くことは未だ無し。



《城下町・船着き場》


「うぅ、寒いぞ……」


「キシシッ。だからまだ船の中で待っとくべきだっつったんだよ……」


「だってスズカゼお姉様が……」


「お前はマジで一回病院へ運ぶべきだな」


一方、こちらは超獣団の面々。

船内で面倒事に巻き込まれた彼女等は、これ以上は勘弁だと言わんばかりにスズカゼ達と分かれて出発していた。

一緒に居れば間違いなく面倒事に巻き込まれるから、というムーの提案からである。


「うぅ、寒い。ここを次の仕事場に選んだのは間違いだったと思うぞ……」


「確かに、こんな寒いところじゃお客も居ないと思います……」


「……キシッ、もう傭兵も潮時かもな。ギルドにでも入るかぁ?」


「ギルドかぁ。ギルドは何か嫌だなぁ」


「何かって何だよ」


「何かって何かだよ」


彼女達は言葉を交わしながらも、スズカゼ達は出発したときよりは少し収まった吹雪の中を進んでいく。

とは言え、未だ降る物は降っているのだ。

肌は凍え指先は悴み、耳先は炎を纏ったように紅くなる。

全くどうしてこうも寒いのかと毒突きながら、ココノアは体を抱え込んで身震いした。


「あぅっ」


そんな身震いをしているから、当然前など見えない。

先頭を進んでいた彼女は壁に内当たってしまい、尻から雪の中へと転げ込んでしまった。

それに躓いてムーが、さらに躓いてシャムシャムが。

まるで喜劇が如く三人は立て続けに転び、フードは真っ白に染まってしまう。

物の見事な三段重ねから脱出したココノアはもう嫌だと涙声に訴え、目の前の壁に拳を撃ち込んで、また痛みに悶絶する。


「何でこんなトコに壁があるだよぉ!! 何なんだよぉ!!」


「……キシッ、おい、それ壁じゃねぇ」


「えっ」


彼女の眼前に聳え立つ壁面が如き背中。

それはフードを深く被った男の物であり、慎重はココノアの二倍はあろうかという巨大さだった。

当然、先程彼女が殴ったのもその男の背中である。


「……あ、あの」


「おー、どうしたどうしたぁ? 早く若様探そうぜぇー」


ぞろぞろと擬音が付く程に。

その男の前を進んでいたのであろう男達がココノア達を取り囲む。

怯える彼女達をよそ目に、フードを深く被った男達はキッチリと円陣を組んだ。

囲むように、ではなく。事実、取り囲んで。


「……ムー、シャムシャム。遺書書いた?」


「キシッ、まだだ」

読んでいただきありがとうございました

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