吹雪く北国
【スノウフ国】
《城下町・船着き場》
「ようこそ! スノウフ国へ!!」
轟々と吹雪く白銀の世界。
立って居ることすら辛いようなその世界で、ラッカルは踵を翻しそう叫んだ。
この世界を紹介するに、全てを掌へ収めたが如く。
得意げに、白銀の中で映える笑顔と共に。
「寒い、死ぬ」
尤も、一番それに答えなければいけない当人はまるで反応しない。
と言うか、出来ない。元より南国方面で育った彼女からすればスノウフ国の極寒は耐えられる物ではないのだ。
無論、それを想定してメイドが大量の防寒具を持ってきた。しかし、それでも耐えられる物ではないのである。
「きゅぅ」
ドラゴンもまた、火山で卵を温められ東国で孵ったという事もあり、スズカゼの防寒具へ入り込んでいる始末。
メイドやラッカルの防寒具には入れない。ピクノの防寒具は小さすぎる。
しかしスズカゼの中に入れるのは、まぁ、そういう事だ。
「もー、この寒さ程度で情けない!」
「無理ですってこれマジで。え? もう魔炎の太刀出して暖まって良いですか?」
「この辺り一帯吹っ飛ばしそうだから駄目」
スズカゼはその言葉に絶望してか更なる身震いを見せる。
私が暖めようかと上着を脱ごうとしたラッカル相手に、彼女はすいません今それどころじゃないですガチでと返答。
変態が抱き合うのを拒否するとは相当寒い証拠だろう。
「も、もう、駄目。聖闇・魔光なら許される。あの衣なら許される」
「駄目だってば。もう名前からしてヤバいじゃない」
「失敗してもこの辺り一帯を吹っ飛ばす程度ですから……」
「前のと変わらないじゃないの!」
吹雪の音に掻き消されるような喚きを上げながらも、一行は細々と進んでいく。
ラッカル曰く、スノウフ国は大聖堂を中心とした街で城下町には幾つかの教会があるとのこと。
元より宗教大国だ。数多の教会があろうと不思議な事ではない。
「北はかなり大きいからね。等間隔で教会を配置してるのよ」
「やっぱり、朝の祈りとかあるんですか?」
「まー、うん。面倒だからやってない人も居るけどね。ガグルは偶に寝坊して忘れるかなー」
「あぁ、あの愚かさん……」
「凄い覚え方されてるわね、あの子」
それはそうとして、と。
街行く人々を見れば、人間獣人の入り乱れ。
偶に通り過ぎる店でも獣人が接客していたり、普通に品物を買っていたり。
嘗てのサウズ王国では決して見られなかった光景が、ここにはある。
ただそれだけでこの国の暖かさが、何処か伝わったような気がした。
「……でも寒い」
「教会に入れば暖炉があるから。メイドさんは大丈夫?」
「えぇ、どうにか。それにしても人通りが少ないですね」
「この極寒の中だからねぇ。普通は吹雪いてる中、外なんて出ないわ。だから超獣団のあの子達もまだ船から出なかったんだし」
「何で私達はそんな時に到着しちゃったんですか……。そんな事なら船の中でシャムシャムちゃんとイチャイチャラブラブしたかった」
「まぁ、近場の倉庫で待ってても良かったんだけど、ほら」
ラッカルの視線の先にあったのは、流石に寒いのかメイドの足下にくっついて震えるピクノだった。
正しく愛護欲を駆り立てるというか何と言うか、小動物的な可愛さがある。
元より濃い小麦肌に白き雪が舞って綺麗な上、彼女の微かに赤く火照った頬は、最早、絵画の域だ。
「……これはこれで」
「ね?」
《聖堂教会・第八十四支部教会》
「ほぁああああ……」
さて、時と場所は少し飛んで教会。
彼女達は数時間の吹雪行脚を経て教会に到着していた。
到着するなりスズカゼとピクノは猛ダッシュで暖炉の前に滑り込み、教会の神父は大層驚いていたようだ。
後から苦笑いと共にやってきたメイドに対し、第三街領主様の付き人は随分元気なお方ですなと言ってしまったのは、まぁ、無理もない勘違いだろう。
「まさか私がスズカゼさんと間違われるとは思っていませんでした……」
「メイドさん美人だしねー。って言うか、この辺りじゃ一時期凄い話題流れてたのよ?」
「ど、どんな話題ですか?」
「彼の[獣人の姫]は公明正大で美人で格好良いとか何とか……」
その通りですと背後の暖炉から聞こえてきたのは無視するのが正解。
彼女達は共にため息をつきながら、話題を別の者へと切り替える。
具体的には今後の話題へと、だ。
「取り敢えず吹雪が止むまで待機お願いね。ここは温かいし食料もあるから問題無いわ」
「北国特有の問題ですね、解りました。それで、フェベッツェ様への謝罪の件なんですが……」
「あぁ、そこは気にしなくて良いわよ。だってフェベッツェ教皇様、私が出発する前は嬉しそうにお茶菓子選んでたし」
完全に孫を出迎えるお婆ちゃんですね、という言葉は喉奥へ呑み込んでおく。
それにしても、やはりゼルの言う通りお礼参りなど言葉ばかり。
実際はスズカゼ・クレハという人物に興味を抱いた各国の首脳が招きたいが為の口実なのだろう。
だとすればスズカゼ・クレハに対して護衛を付けなかった意味もよく解る。
……主に戦闘面ではなく、人間面として。
「まー、気長に待ちましょう。この吹雪だからフェベッツェ様も解ってくれるわ」
「はい、是非そうさせて……」
メイドは言葉を途中で打ち切り、教会の入り口へと視線を向ける。
そこに居たのは今し方中に入ってきたであろう、一人の男。
深くフードを被っているせいで顔は見えないが、尋常でない物を纏っているように見える。
事実、ラッカルも先の陽気さを無くし身構えているようだった。
「……ふむ」
男はそんな彼女達の様子を見るでもなく、フードの中で蠢いているであろう瞳を周囲へ向けながら、たった一言呟いた。
何処かくぐもった声で、たった一言。
「暖炉を貸してくれ。死にそうだ」
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