白霧は晴れず企みは晴れる
迂闊と言う他無い。
味方からの合図と信じ込み、船に乗り込んだ。
白霧や異常な気温に気付かず、ただ任務を達成したと思い込んだ傲慢。
そして有り得るはずのない存在を認めなかったという、怠慢。
「……え」
彼等の想像した姿は一つ。
白霧を掻き分け、ブルレドワームを[コントローの宝石]で退けて。
いつもより長くなった仕事を終わらせようと。
仲間と共に小舟で脱出するという、ただそれだけの姿。
「どうも」
待ち構えていたのは、確かに仲間の姿だった。
正しくは人間かどうかも怪しい化け物の前で縛り上げられた仲間達の姿。
紅蓮の焔を纏い、周囲の海を蒸発させ、ブルレドワームを微塵も残さず灰燼と化す化け物と共にある、仲間の姿。
「て、撤退……」
「させると思うかぁ!?」
いつの間にか、盗賊達の背後にはココノアを始めとする超獣団の姿があった。
盗賊団の姿、縛られた同族の姿、化け物の姿、背後を塞ぐ獣人達の姿。
四つの姿が、乗り込んできた盗賊団達の思考を停止させる。
或いは高温の水蒸気により思考が鈍っていたのかも知れない。
何にせよ、彼等の白く染まった視界の中に染まる化け物共に抗おうとは思えなかった。
いや、そうではない。
羽虫が虎に抗おうと考えることなど無いように。
人が、化け物に抗おうなどとは考えなかったのだ。
「さて、取引をしましょう」
[取引]など詭弁だ。
この状況で[取引]などよく言えた物である。
首に刃を当てて周囲を炎に巻きながら言った所で、それは[命令]でしかない。
化け物が人間に、虎が羽虫に何と言おうとも。
それが[取引]や[お願い]になる事など、有り得ない。
「この船から奪ったーーー……、私の仲間を返して貰います。拒否権はありません。こちらも仲間を返すだけ有り難いと思ってください」
重圧は自身の思考だけでなく、身すら潰しかねない勢いで襲い掛かってくる。
こんな、こんな物が有り得て良いのかーーー……、と。
嘗て四天災者と対峙した事のある盗賊団のボスは、その時を思い出していた。
この辺りの被害を抑えるべく、北国より四天災者が訪れたときの重圧。
それに限りなく近い。自身の身を潰すような、この圧力は。
「ま、待て……」
「拒否権はないと言ったはずです」
「ち、違う。違うんだ……」
拒否しようなどとは思わない。
この場で拒否しよう物なら自身だけでなく、周囲のブルレドワーム全てごと盗賊団は壊滅しかねないだろう。
故に、拒否しようなどとは思わない。
それが自身の身に覚えがあれば、の話だが。
「確かに一度はお前達の船に接近した。接近したが……、何も奪えなかったんだ。あんな、精霊の妨害があっては無理もないじゃないか」
「……今、何と?」
「お、俺達は船に近付いた。小舟で気付かれないようにな。……この際だから明かすが、我々は連絡用のブルレドワームに捕まらないよう[コントローの宝石]を潜入組と待機組に持たせている。無論、こちらの、待機組のは潜入組に比べて安物だが」
「そこじゃないんです。何に妨害された、と?」
「だ、だから! 我々は[コントローの宝石]を使用しブルレドワームを避けて船に近付くはずだった! だが、船を護るように精霊が居たせいで近付けず、何も奪えなかったんだよ……」
「って事は……」
裏、だ。
自身の思考は盗賊団がピクノとジュニアを攫ったと断定していた。
いや、それで間違いないと考えざるを得なかったのだ。
この問題に表裏があるなど、考えるに至らなかったのである。
「ピクノさんとジュニアを攫ったのは盗賊団じゃないとするならば」
一度、操舵室で全員を見回した時、魔力の反応は無かった。
自身に探知能力が欠如しているのは重々承知だ。それでも少しの揺らぎなら解る程度の力はあるとも承知している。
現に老夫婦の持つ[コントローの宝石]は探知出来た。
だからこそ、解らない。いや、違う。
だからこそ、解ってしまうと言うべきか。
「……ラキさん」
彼女だ。彼女しか居ない。
船長や船員という選択肢以前に、スズカゼはそう断定した。
何故かと聞かれれば直感としか言い様がないがーーー……、それでも迷いは無い。
彼女以外、考えられなかった。
「そう、正解!」
ぱち、ぱち、ぱち。
鬱蒼と茂る白霧を手の中で押し潰すように。
彼女は赤錆びた扉を開き、血に這いつくばる雫を踏み潰し。
舞台を眺めていた裏役が堂々と上がってくるように。
「思ったより早かったかな? 予定ではスノウフ国に着く辺りでバレるかなーって思ってたんだけど」
「どういう事か……、説明してくれますね?」
「ま、もうバレちゃったし仕方ないわよね。うん、説明する説明する。……ただ、その前に」
彼女は頬に纏わり付く霧を払うが如く、腕を振った。
ただそれだけの行為では意味を成さない。
だが、それが意味を持つ行為ならば話は別だろう。
「[斬獣霊・ゾザーク]」
彼女の脇に現れたのは、その爪に刃を持つ一匹の獣。
ラキの腰ほどもあろう体積から繰り出される斬撃が、人一人の首を飛ばすに充分過ぎる物であることぐらい、その場に居る皆が理解出来た。
「邪魔者は退場よろしく!」
盗賊団の首筋に迫る刃。
彼等は皆、死を覚悟するよりも前に直感しただろう。
自分達は利用されただけなのだーーー……、と。
「ちょい待ち」
が、その刃は届かない。首をはねない。肉を切れず、骨も絶てない。
紅蓮の刃が弾いた故に、首をはねられない。
その行動が意図する物は口にせずとも解る。解るが故に、問う。
「どういうつもりかな?」
「それはこちらの台詞です。貴方の真の目的が聞きたい」
「……真の、かぁ。それを言うにはまず名乗らなきゃ駄目かな」
「やはり偽名ですか」
「まぁ、うん。それを言っちゃったら意味ないしね」
女性は仰々しく腕を翻し、舞う。
白霧すら己の衣とせんばかりに、美しく、舞う。
その動作に光を纏うが如く斬獣霊・ゾザークは消え去った。
戦闘意思の否定。言葉ではなく、行動による否定。
「我が名はスノウフ国聖堂騎士団副団長、ラッカル・キルラルナ。サウズ王国第三街領主伯爵スズカゼ・クレハ殿を迎えに参った者でございます」
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