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獣人の姫  作者: MTL2
ようこそ異世界へ
4/876

第一街の境にて

【サウズ王国】

《第二街東部・大通り》


「おい……、何だ、あれ……」


窓から顔を覗かせる男の目に映ったのは、何千という獣人の大群だった。

第二街に居るはずのない獣人の大行進。

街を行き交う人々はその光景と、それを率いる人物の姿にただ驚愕するしか無かった。


「…………」


王国騎士団長、ゼル・デビット。

第三街で獣人の暴動を鎮圧する事が任務であるはずの、その男が暴徒達を率いているのだ。

国民達が何が起こったのか、いや何が起きているのかを理解出来るはずもなく。

ただ呆然と、その光景を眺めるしか無かった。


「ぼ、坊や! こっち!!」


しかし、人間の民達はとある母親が子供の手を引いて家に入ったのを切っ掛けに、次々と家の中へと逃げ込んでいった。

その姿は獣人達の眼にはどう映ったのだろうか。

それを率いるゼルの姿も、どう映ったのだろうか。

だが、それでもゼルは何も言えず、ただ、彼等を率いて歩くしか無かった。


「……ゼル団長」


そんな中、街中の裏路地から出てきた一人の騎士がゼルへと声を掛けた。

ゼルは視線も表情も動かす事なく、何だ、とその騎士に言葉を返す。


「鷹が狙っています」


獣人達の行軍による足音で掻き消されてしまうほどに小さな声で、騎士はゼルへと囁いた。

騎士の視線の先には、獣人達の上空で鳥の獣人、ハドリーによって捕らえられているスズカゼの姿がある。

彼女は意識を失っているのか、ぐったりと項垂れていた。

その彼女を捕らえているハドリーは両翼を大きく羽ばたかせて周囲に見せつけるように空を飛空している状態だ。


だからこそ、狙い撃てる。

騎士の言った「鷹が狙っている」というのは魔法狙撃者の配置が完了したという意味だ。

今、獣人達の行軍を可能にしているのはスズカゼという人質である。

それを捕らえているハドリーさえ撃ち殺してしまえば、問題は万事解決するだろう。


だが、今まで変わらなかったゼルの表情はその言葉で酷く不機嫌そうに歪み、そして鋭い眼光をその騎士へと向ける。

ジェイドが腰に携えた刀に手を掛けて言葉を零したのは、それとほぼ同時だった。


「何を企んでいるかは知らんが、止めておけ」


彼がほんの少しだけ刀の白刃を晒すと、上空で飛空していたハドリーの羽音に変化が起こった。

恐らく刀を抜けば危害を加えろという命令を下しているのだろう。

ゼルはそれが解っていたかのように、騎士の前で指を数回ほど回転させた。

狙撃者を撤退させろ、という意味だ。


「しかしっ……!」


ゼルの表情は変わらず、彼はそのまま視線を行進の進行方向へと戻す。

騎士は悔しそうに表情を歪め、再び路地裏へと消えていった。


「貴様が聡明で助かったよ、ゼル団長」


「……計算の内だろう。この街に入った時点で俺達に出来る事は貴様等の案内ぐらいだ」


「その通り。あの小娘をここで殺そう物なら、貴様等は獣人を第二街まで侵入させ人質も救えなかった騎士団だ。評価は失墜する」


「……チッ」


小さく舌打ちし、ゼルは歯を食いしばった。

このまま進めば先にあるのは王城だ。

いや、その前に第一街もある。

どのみち騎士団の評価は失墜するだろう。

だが、そんな事はどうでも良い。

評価など所詮は貴族の着ける目に見えない点数だ。

だが、獣人は違う。

この暴動は間違いなく失敗する。

そう、間違いなくだ。



《第一街東部・東門》


「止まれ」


獣人達の大行進を止めたのは、一人の女性だった。

鮮やかな桃色の、ふんわりとしたショートボブの髪型。

端から見れば幼い印象を受けるだろうが、鋭い目付きがそれらを失せさせている。

ゼルはそんな彼女の鋭い眼光に睨み付けられると同時に手でジェイドに合図を送り、行軍を停止させた。


「……どうして、お前がここに居る? ファナ」


ゼルの問いにファナと呼ばれた女性が返したのは吐き捨てるような嘲笑だった。

彼女のその対応にも表情を変える事なく、ゼルは一歩前に出て質問を続ける。


「王城守護部隊副隊長のお前がどうしてここに居るのかと聞いてるんだ、ファナ」


王城守護部隊。

それは第一街城下町以上、即ち王城のみを守る精鋭部隊だ。

王族の守護を行う彼等は身分が高い者が多く、実力も非常に高い。

本来、第一街城下町以下はゼル率いる王国騎士団の領分であり、王城守護部隊はこの第一街と第二街の境界である門まで降りては来ない。


しかし、その王城守護部隊がここまで降りてきているという事は、王城にとっても獣人達の行進が危機であると認められた証拠だ。

それが指し示すのは、彼等の暴動が目的達成の直前であること。

そして、もう後戻りできないことだ。


「獣人暴徒の進行をここまで許しておいて、その言葉をよく吐き出せたな。騎士団長様?」


「仕方ねェだろ。騎士団長様は人質を見捨てる事なんざ出来ねェんだよ」


「……人質?」


ファナはゼルの首が指す方へと視線を向ける。

彼女の視界に映ったのは全身を拘束され、ぐったりと項垂れる一人の少女だった。


「あぁ、アレの事か」


ファナは興味なさ気に、冷淡な視線をスズカゼに向ける。

暫く彼女を見ていたファナだが、やがて飽きたように視線をゼルへと戻した。


「人質? 笑わせる」


彼女は嘲笑するようにゼルを見下した。

ご丁寧に首をフルモーションまで付けて、だ。

ゼルはそんな彼女の反応に怒りを感じる様子は見せなかったが、剥き出しとなった義手は自然と、腰元に携えている剣へと伸びていた。


「それは精霊だろう?」


ファナの言葉に、ゼルは眉根を一瞬だけ振るわせる。

彼の隣で会話を聞いていたジェイドもまた、彼女の言葉に目元を一瞬だけ動かせた。

それも、当然だ。


ゼルからすれば、ここでスズカゼを精霊と明言されれば彼女の安全性はなくなるし、守護するための大義名分も無くなってしまう。

獣人達からすれば、今、自分達が人質にしているのが精霊ならば人質の意味などなくなり、自分達を守る盾は一瞬にして消滅してしまうのだ。


そう、これこそがゼルの危惧していた暴動の失敗だ。

王城守護部隊からすれば少女一人の身の安全など、どうでも良いのだろう。

それが国民で、しかも人間だったら話は変わったかも知れない。

だがスズカゼは国民でもなければ人間かどうかすらも怪しまれている存在だ。

サウズ王国からすれば彼女を消したところで何の痛手もない。

無論、それを盾にして暴動を起こす獣人を排除する事も獣人否定派の者達からすれば心喜ばしい事なのだ。


「なればこそ、庇う理由など何もない。違うか?」


ファナは掌を獣人の大群に翳して口端を醜く歪めて眼を細める。

その異変に獣人達が気付き、後方の仲間に下がるよう叫んだときには、既に遅かった。

ファナの掌から放たれた魔力砲撃は獣人の大軍全体の、それこそ東門から見える第二街を全て破壊しきるほどの威力で放たれる。

轟音と共に爆風が巻き起こり、第二街周囲の住宅付近の窓は激震し、地面に散らばっていた子供の遊び道具や住宅街の洗濯物などは天高く舞い上がって何処かへと消えていった。


「……どういうつもりだ、王城守護部隊副隊長、ファナ・パールズ!!」


憤怒の怒号を吐き出したのはゼルだった。

彼は白煙を吹き出す義手を抑えながら、鬼が如く牙を剥き、修羅が如き眼光をファナに向ける。

ゼルの隣で彼と同じように刀を構えていたジェイドもまた、何も言いこそしないが、全く同じ表情だった。


「サウズ王国に楯突く邪魔者の排除。それ以外に何がある?」


「この後ろは民家もあるんだぞ!? 今の威力、もし俺達が防がなければ……!!」


「獣人を排除できるならば、有象無象など些細な事だろう? その程度の犠牲ならば幾らでも払えるさ」


「…………貴様」


ゼルは自らの歯を噛み砕くほどに表情を歪ませ、眼孔を憤怒の形に引き攣らせていく。

尋常では無い殺気が周囲に溢れ出し、獣人達は思わず小さな悲鳴を上げて後退る。

彼の隣に居たジェイドですらも、自らの額を一筋の汗が伝うのを感じ取っていた。


「止めろ、ゼル」


だが、そんな彼を止める言葉が投げかけられた。

ゼルは剣に手を掛けたまま、その声の主の方へと視線を向ける。


「バルド……」


東門の奥、つまりファナの背後から歩んでくるその男性。

その男は漆黒の頭髪をオールバックで纏めており、銀色の眼光は酷く冷たい物にも見える。

年齢としては三十後半から四十前半ほどだろうか。少なくともゼルやファナほどは若くない。

痛々しいほどの静寂の中、平然とした表情でバルドと呼ばれた男は、何も言わずに緩慢とゼルへと近付いて行く。


「解除するな。貴様こそこの街を吹っ飛ばすつもりか?」


「……部下の教育ぐらい、きちんとしたらどうだ? 王城守護部隊隊長、バルド・ローゼフォン」


「あぁ、そうだな。今回の件についてはファナに注意しておく」


「言葉だけか。随分と寛大なんだな」


「彼女とて獣人を憎んでこそいても、決して人間を殺す意思などないさ。ゼル、貴様が居たから魔術大砲を放っただけだ」


「そんな論理が罷り通ると、本気で思ってるのか」


「何、私とて何の刑罰も無しに彼女を罷免させるつもりはない」


バルドと呼ばれた男性は踵を返し、ファナの隣を通り過ぎて東門へと入っていく。

その擦れ違いざまに何かを言ったのか、ファナの表情は一気に青ざめた。

彼はそのまま東門の中へと入っていき、やがて振り返って不思議そうに小首を傾げる。


「来ないのか?」


ごく普通に言われた言葉。

ゼルの視界に映っている男は、ごく普通にそう述べたのだ。


「……は?」


「いや、だから。来ないのか」


「い、いや……」


困惑。

当然だ、急に王城守護部隊の隊長から第一街への入街許可が下りたのだから。

この状態で自分だけ、という事はないはずだ。

ゼルはジェイドと視線を交わし、ジェイドはハドリーと視線を交わす。


「……行くぞ」


ジェイドは後方の獣人達に、この場で留まるように指示を出した。

獣人達は少し躊躇っていたようだが、ジェイドの命令ならばと皆が首を縦に振る。

ゼルもまた、騎士団に彼等を見張るように指示を出す。

見張りとは体の言い口実で実際は彼等を守れ、という意味だ。

二人はそれぞれの部下と仲間に命令を出し終わった後、互いに視線を合わせて歩き出した。

第一街、サウズ王城へと。



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