蒸す白霧
《ポートワイル海沖・海上》
「ボス」
白霧の中、小舟の上。
白き衣に身を包む男達は船すらも白く染めており、本当に霧へ溶け込んでいるようにすら見える。
その上、二人か三人程度という少人数だ。外部から発見する事は不可能と断言できるだろう。
「船に潜入した仲間からブルレドワームの合図が。恐らく制圧したのかと」
「漸くか。今回は時間が掛かったな」
「噂ではサウズ王国の第三街領主が乗っているそうですから。護衛も居るでしょうし、時間が掛かったのでしょう。……しかし」
「何だ」
「普段より合図のブルレドワームが多いと言うか……、数倍は居ると言うか……」
「……とうとう呆けたか、あの爺さんと婆さん。ヤツも一緒だから安心だと思ったのだがな」
「コントローの宝石が暴走しているのかも知れませんが」
「おい、嘘だろう? あの宝石を暴走させたなんて族長に知れたら我々はどうなるか……。ただでさえ今回はまだ収穫が無いんだ」
「そうは言われましても。何にせよ早く乗り込むべきではないですか」
「……だな。乗り込み次第、潜入組の確保した金目の物を確保する。第三街領主には手を出すなよ? 精々、金を持ってそうな奴だけにしとけ。連中の関係者にでも手を出そうモンなら四大国条約の下、制裁が加えられてもおかしくないからな」
「了解しました。おい、行くぞ」
船は静かに揺られ始め、霧の中へと姿を消していく。
彼等にとってはいつもと代わらない、何ら変化のない作業。ただ、それだけのことだったのだろう。
いつも通り船に乗り込んで金品を奪い、潜入組と合流して脱出する。
ただ、それだけの作業。嘗て四天災者のせいでやりにくくなった事もあるがーーー……、ただ、それだけの作業。
しかし、彼等は気付かない。
その白霧の先にあるのがいつも通りの作業場ではなく。
地獄の門であることに。
「……?」
「どうかしましたか、ボス」
「いや、何だかーーー……、温かい風が」
「帰ったら医者に掛かってください。ここは北国です」
「わ、解っている!」
《北国への旅船・甲板》
「暑い。ってか熱い」
スズカゼは防寒具であるコートを脱ぎ去り、薄着一枚となっていた。
周囲で小型のブルレドワームを弾くココノアも、白霧の中を観察するムーもそうだ。
シャムシャムに至っては一部豊満で華奢な裸体を露わにしてスズカゼを誘惑しようとしたので仲間二人が全力で止めた。
「くっそー! 何でこんなに熱いんだ!!」
「キシシシッ。周囲の白霧が最早、水蒸気だからな! 何処かの馬鹿が無遠慮にブルレドワームを呼び寄せるからだ!!」
「あぁ……、今……、私はスズカゼお姉様に包まれてる……」
「おい、シャムシャムがヤバいぞ!!」
「キシシッ、前からだろ」
ココノアの拳がブルレドワームを叩き落とし、ムーの脚撃がブルレドワームを蹴り飛ばす。
シャムシャムは後方支援として残ったブルレドワームの掃討、と言った所だ。
何とも合理的な役回りでブルレドワームを駆除していく彼女達だが、肝心のスズカゼはどうしているか。
正解は何もしていない。いや、本当に何もしていない。
理由としては、まぁ、水蒸気と数分前の出来事にある。
彼女は大量に集まったブルレドワームを一掃する為に天陰・地陽を放った。
放った、が。
その一撃は大量に集まったブルレドワームを枯れ木に火を放つが如く引火させ、灰燼と化した触手共は必然海へと飛び込む。
さすれば原理というか、理と言うか。水蒸気が大量発生するワケで。
「もー、お前は大人しくコントローの宝石の欠片に魔力込めてろ!!」
「……ここからだと、良い具合に皆さんの汗で透けた下着が」
「黙れよお前ぇええええ!!!」
相変わらずブレのブの字すら見せないスズカゼだが、その視線はココノア達の汗伝う色めかしい肌と同時に、ある物を捕らえていた。
白霧の、或いは白く鬱蒼と籠もる水蒸気の向こう側。
微かに瞳に映る、影。小さな小さな、注視しても気付くかどうかという程に小さな、影。
「……皆さん。一端、中へ」
「キシシッ、来たのか」
「みたいですね。私が合図したらあの人達を襲撃してください」
「私達がやるよりお前の方が良いだろ! こっちはもう暑くて熱くてクタクタなんだぞ!!」
「私がやると船を沈めかねないんですよ。あ、そう言えば前に南国で戦艦を沈めたような……」
「わ、解った。だからこの船を沈めるなよ」
「手に滑り止めでも塗っときますか」
微かな笑みと共に軽口を叩く彼女を後に、ココノア達は船内へと下がっていった。
残されたのは薄着一枚で紅蓮の刃を携える、スズカゼただ一人。
白霧と水蒸気に覆われて皮膚に汗を伝わせながらも、小さな怪我から視線一つ外さない少女一人。
「……さて」
彼女の背後より襲い来るブルレドワーム、頭上より襲い来るブルレドワーム、側面より襲い来るブルレドワーム。
それらは全て、一閃の元に塵芥と化す。
灰燼の残骸と、化す。
「返して貰いますよ」
彼女の目に容赦の色は無かった。
ただ純粋に、仲間の為に。
その刃を振るうが為に。
「……私の仲間を」
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