襲い来る触手共
「どうなってんですかねぇ、こりゃ」
スズカゼの周りには、彼女に抱き付くようにして震える老夫婦とラキの姿があった。
いや、正確には老夫婦とラキと、幾千数多のブルレドワームの死骸、と言った所か。
彼女の斬撃は既に幾千数多と振り払われた。然れど白く濃い霧の中より這い出て、飛び出て、襲い掛かってくる触手共は尽きることを見せない。
その上、一匹一匹が人皮や赤肉を食い千切る威力がある。稀に出て来る巨大なブルレドワームに至っては丸呑みする事すら可能な巨大さだ。
スズカゼの一閃を持ってすれば斬り伏せる事すら可能だろう。だが、老夫婦やラキを護りながら戦うのでは、幾千数多の触手を同時に相手取るのでは余りに難易度が高過ぎる。
「船内に戻りたいんですけどねぇ。この触手が戻してくれないと来たモンですわ」
「そそそそそそそ、そうなのよ……。妙に統率取れてるし……」
「ど、どうすべきかのぅ。こ、こんな所に居っては命がいくつあっても足りんわい……」
「お、お爺さん。ここが私達の御墓なのかねぇ?」
「馬鹿言わないでください。貴方達は天国で笑い会えるぐらい幸せな人生を過ごしきってくださいよ」
スズカゼの言葉に被せるが如く、船を覆い尽くす巨大な触手の牙。
比喩ではなく、真に船を丸呑み出来るほどのブルレドワームが襲い掛かって来たのだ。
流石にこれほど巨大では彼女の一閃が通じるはずもない。
ラキが呆然と腰を着き、老夫婦が互いの身を抱き締め会った時。
少女は静かに、それを呟いていた。
〔嗚呼、灯き日よ、暗き月よ。嗚呼、紅き火よ、黒き憑よ。溶けて混ざれ。解けて魔ざれ。融解せよ、結回せよ。境界を解き払い、狭界を溶き祓え。異なる双対の存在を無二の焔とせん〕
魔力を収束し、放つ。
その純粋なる一閃は化け物の頭部から尾に掛けてまでを白撃の空へと消し去った。
霧の中に身を呑まれ、化け物は轟音を立てる暇もなく、緩やかに水面へと沈みゆく。
他のブルレドワームも、流石に先の一撃を見て警戒したのだろう。
頭部から中心までを失った同族を見れば、嫌でもそうなる。
「な、何をしたの……?」
「ちょっと頭……、と思うんですけど、その辺りをぶっ飛ばしました。これで少しは警戒してくれると良いんですけどね」
「す、凄いのね貴方……」
「ちょっとばかり魔力が多いだけですよ、っと?」
紅蓮の刃が再び舞い、触手の頭部を切り裂く。
つい先ほど警戒態勢に入ったはずのブルレドワームが、再び猛攻を開始したのである。
妙だ。通常、生物というのは自身の格上である同類が倒されれば警戒する。
人間も動物もそうだろう。決して、こんなに早く体勢を立て直すはずもないし襲い掛かってくるはずもない。
窮鼠猫を噛むという言葉もあるがーーー……、そこまで追い詰めた覚えもないのだが。
「……これはちぃとおかしいなぁ」
思考を深く巡らせながら、少女は舞踊にて紅蓮を魅せる。
幾千数多と襲い掛かるブルレドワームも、今の彼女には空より降り注ぐ雨粒程度でしかない。
彼女の脳裏に這いずり回る思考を止める事は、出来ない。
「操られとんか……?」
消え入るように、彼女はそう呟いた。
もしそうだとすれば、充分に説明は付く。この狂乱的行動も、統率の取れた襲撃も。
だが、有り得るのか? 精霊や妖精ならともかく、生物を使役すると言う事が。
……いや、思えばイトーもそうしていた。生物や精霊を森の中で監視役として生息させていたではないか。
では、このブルレドワームもまた、何物かに操られているのだろうか?
「ならば、操っている人間が居るはず……」
確か船に乗っていたのは船員と自分達を除いてラキ、老夫婦、眼鏡の男、黒衣の三人組のはず。
明らかに怪しいのが三人ほど居るが、決めつける事は出来ないだろう。
いや、そもそもラキと老夫婦はここでこうして襲われているのだから除くとして、そうすれば残るは四人になる。眼鏡の男と黒衣の三人組だ。
……確定したような物ではないだろうか。
「取り敢えず逃げますか。少し道を作ってみます。無理だったらごめんね!」
「み、道を作るって、どうやって……」
「こうやって」
少女が微かに膝を折ると、そこには紅蓮の衣が洗われていた。
いつ纏ったのか、いつ出したのかさえラキ達には解らなかっただろう。
それでも少女は充分だと言わんばかりに、老夫婦を抱えラキの手を引いて、地を踏む脚に全力を込める。
「聖闇・魔光」
ラキも、老夫婦も、ブルレドワームすらも。
その紅蓮の光を理解する事は出来なかった。
気付けば船内への入り口に居た、気付けば自身の身が焼け焦げていた、と。
ただ、そうとしか思えなかったのである。
「……よし、出来た」
「いやいやいや! 貴方何やったのよ!?」
「ちょっと燃える衣纏って突貫してみました。下手すると皆さん燃えるかもなんでやらなかったんですけど」
「ば、婆さん。儂ぁこの年になってあんな速さを体験するとは思わなんだぞ」
「お爺さん、私もこの年になって炎を纏うなんて思いませんでしたよ」
「良い経験になって何よりですね」
スズカゼは扉を蹴破り、ラキに老夫婦を預けて自分は外に出る。
通常なら老夫婦は慌てて貴方も中に入りなさいと言った事だろう。
だが、流石にあの光景を見て心配することはない。
と言うか、出来ない。
「……最近の若い子って凄いんじゃなぁ」
「そうねぇ」
「い、いや、流石にアレはどうでしょうかねーーー……?」
読んでいただきありがとうございました




