火傷薬定価250ルグ
《第三街・ゼル男爵邸宅》
「居間が……」
「ジュニア、めっ」
「きゅぅ」
「はははははははははは。もうヤダお腹超痛い!!」
「リドラぁー!? ゼルが大変な事になってるぅー!!」
「案ずるな、結構前からだ」
居間が焦げ付く邸宅前、綺麗な新緑の芝生で阿鼻叫喚。
悲鳴を上げるメイドとドラゴンことジュニアを叱るスズカゼ。
絶叫の主ことゼルとメタル、もう諦めたリドラ。
彼等の織りなす阿鼻叫喚の元、周囲には獣人達や騎士達が集まっていた。
その内の八割程度がまたか、と軽く去って行ったのはいつもの行動故である。
「ジュニアの躾には暫く掛かりそうですねぇ。どうしよう」
「まず外でお願いします……。スズカゼさんが抑えてくれないと本当に家ごと燃えてましたよ……。あぁ、修理業者呼ばないと」
「ごめんなさい、メイドさん。ほらジュニアも謝る」
「きゅぅ……」
申し訳なさそうに頭を下げるジュニア。
恐らく知能はかなり高いのだろう。太古に滅びし天空の覇者だ。
その戦闘力も幼少ながら一室を燃やし尽くすほどに強力な物だし、飛空能力もずっと飛び続けている事すら苦になっていないらしい。
非常に興味深い。この生物が太古に滅びたという事が信じられないほどにーーー……。
「リドラさん、食い付きすぎです。ジュニアがメッチャ怖がってます」
「む、いや、うむ。すまない。非常に興味深い存在だと思ってな」
「一応、ドラゴンは絶滅してるんですっけ。この子は生き残り?」
「卵があった、という事は存命の個体も居るのかも知れない……。或いは発見場所という火山の熱で暖められ続け、数百数千数万の年数を生き残ったのかも知れない。知れない知れない続きだが、予測と言えばこんな物だな」
「成る程……、持ってきた人に聞けば一番早いでしょうけど」
「ぎゃぁあああああああああああああああああ残り火が俺の頭にぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「めめめめ、メタルさん! 今消しますので!!」
「これですもんね」
「いやお前のせいだからな?」
元気に飛び回るジュニアを撫でながらスズカゼは周囲を見回した。
随分と集まっていた獣人達や騎士達も、このやり取りの内にかなり減っている。
それでも残って居るのはーーー……、あ。
「ファナさぁああああああああーーーーーーんっっっ!!」
高速で走り抜けたスズカゼを真正面から迎え撃つ魔術大砲。
彼女は寸前でそれを回避するが、空を切り裂く一撃はメタルの顔面に炸裂する。
メイドが再びバケツを抱えて走り出すと共に彼が転がり回っていたのは言うまでもない。
「離れろ抱き付くな顔を擦り付けるな胸を揉むなぁあああ!!」
「ふにっふにで最高の感触ですわ……、って。その子は」
「家に来たのだ。もう時間も遅いから帰れと言うのに帰らないから貴様の所に引っ張ってきた。私はこの小娘の家など知らない」
「……ほほぅ?」
「何故笑う」
「いえ、別に」
ファナの影に隠れる少女はジュニアに興味を持ったのか、ぴょんぴょんと撥ねて捕まえてみようとする。
しかしジュニアは捕まってなるものか、とギリギリの位置を飛び回っているようだ。
何とも微笑ましいその光景を眺めていたスズカゼに対し、ファナが魔術大砲を構えようとしていたのはまた別であるがーーー……、それはそれ、これはこれだろう。
「流石に無垢な女の子に手は出しませんよ」
「どうだかな。貴様を信用するのは敵陣に裸で突っ込むより危うい」
「裸……!?」
「そういう点を言っているのだ、そういう点を!」
ぎゃあぎゃあと喚く二人を遠目で眺めながら、ゼルはずぶ濡れのメタルに座っていた。
もう動かないし椅子にして良いだろうという判断だが、端から見れば異常な状態である。
そんな事にもう慣れたリドラは踵を返して腰を伸ばし、隣の異常な状態の男へ語りかける。
「私はもう帰る。色々と疲れた」
「あのドラゴンはどうするんだ。下手に泳がせてたら外から狙われるぞ」
「スズカゼが居れば、それが何よりの防衛策だろう。案ずべきは盗んだ相手だな」
「だろうな……。さて、リドラ。お前に思い出して欲しい事がある」
「何だ?」
「子を産めば女は丸くなるっつったのは誰だ?」
「知らんな。そんな事を言った奴が居るのか?」
「お前だよ」
「……まぁ、計算違いだったと言っておこう」
「最悪の計算違いをありがとう。俺の胃が消失したぜ」
「薬は安くしておくぞ」
「と言うか最早意味があるのか。これ」
「どうだかなぁ……」
「泣きそう」
ゼルの顔面に魔術大砲が直撃し、彼の頭髪に着火する。
燃え盛る顔面を振り払う彼が最後に見たのは、魔術大砲乱れ内の中でファナの胸を揉みまくるスズカゼだった。
メイドに消火されて黒焦げのまま黒煙をあげる彼は微かに、もう嫌だと呟いていたという。
《王城・女王私室》
「メイアウス女王」
「……バルドね、何?」
白銀のグラスに真珠色の酒を注ぎながら、メイアは静かに問うた。
彼女の前に跪く男は小さく頷き、彼女の問いに答える。
「北国より、招待状が届いております」
「フェベッツェ教皇ね。彼女は何と?」
「此度の一件よりそちらの誠意を問いたい、故に親善大使共々件の少女の蓬莱を望むーーー……、と。要するに催促ですな」
「いえ、違うわね。彼女の事だから早く遊びに来なさいという事よ。聞けばスズカゼ・クレハの事は随分気に入っていたようだし」
「では、まず北国からですか」
「そうなるわね。……面倒事起こさなければ良いのだけれど」
「それを彼女に望むのは酷という物ですよ」
「でしょうね」
メイアは真珠色の酒で唇を潤わせ、グラスの中で屈折する光を透して天を仰ぐ。
あの娘を他国に行かせるなど不安極まりない。
然れど、行かせなければならないのだろう。嗚呼、全く面倒な事この上ない。
「……ご苦労様です、メイアウス女王」
「そうね……、そう。飲む? 良い物よ」
「いえ、ご遠慮しておきましょう。……未だ酔うわけにはいきませんので」
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