ドラゴンの名前と親善大使三人組
《第三街東部・ゼル男爵邸宅》
「ごめんなさい、ジェイド。私が窓から飛び出してきたメタルさんを助けに行かなければ……」
「仕方あるまい。相当燃えていたしな」
真っ黒焦げで部屋の隅に固まるゼルとメタル。
彼等の火傷を治すためメイドが右へ左へ行ったり来たり。そろそろ火傷薬が足りなくなるというので、先程までリドラが自家栽培している薬草を採りに行っていた所だ。
「全く、まさか成熟していない薬草まで採ることになえうとは……」
「も、申し訳ありませんリドラ様。手持ちでは足りず……」
「市販の物では効果が薄いしな。……で、スズカゼ。躾はどうなった」
「躾する為にはやっぱり名前が必要かな、と思いましてね。私が考えたのは全部ゼルさんに却下されるし……」
「当たり前だろうが……! 何がスズカゼ二号にミニスズカゼ、スズカゼジュニア、だ!! お前は自分の名前を入れないと気が済まんのか!?」
「そんな事ないですよぉ。ジュニア、やっちゃって」
元気よく鳴いたドラゴンがゼルの顔面に火炎を噴出する。
メイドが急いで水をぶっかけてリドラが火傷薬を塗りたくるまでが一動作。
最早、手慣れた物だ。
「もう名前で反応してんじゃねぇか……。ジュニアで良いじゃん」
「え? そうですか、ジュニア」
ドラゴンは嬉しそうに飛び回り、スズカゼの頭にちょこんと着地した。
どうやらジュニアという名前が気に入っているらしい。二号やミニでは反応しないが、ジュニアでは反応する。
名前を決めるためにジェイドとハドリーを招いたというのに、まさか既に決まっているとは。
「……どうしよう」
「そんな顔で見られても我々にはどうしようもないんだが」
「え、餌とか買ってきましょうか?」
「餌は魔力なんですよ。なので私の頭の上に乗ってたら問題無いみたいです。……まぁ、かなりお腹空かせてたら私が直接食べさせますけど」
「そ、そうか。益々、我々が来た理由が無いな。帰って良いか?」
「えー、折角ですしお茶しましょうよ」
「部屋の隅で男二人が黒焦げになるような魔境で茶を飲め、とは姫も酷な事を言う。……ハドリー、帰ろう」
「そ、そうですね。お茶はまたの機会に……」
「えぇー」
ぶーぶーと渋るスズカゼに頭を下げながら、ジェイドとハドリーは退出して行く。
犠牲者が減ったかと呟くメタルに、ゼルは一人居れば充分だと返した。
その言葉が終わると共に互いの視線が交差し、数瞬の内に拳を交わす。
まぁ、結局のところ決着は着かず互いに体力を消耗するだけなのだが。
「もー、喧嘩しないでくださいよ。ジュニア!」
ゼルがメタルを盾にし、メタルがそれを避けてゼルの顔面に炎が直撃する。
暴れ狂うゼルを囮にメタルは逃げようとするが、狙っていたかのようにジュニアの火炎の吹息が炸裂。
燃え盛る二人に水をぶっかけながらメイドは慌てふためき、リドラは薬草学が捗るな、と呟いた。
結局、スズカゼの躾作業が終わるまでに彼等が数十回燃やされたのは別の話である。
《第二街南部・旅館》
「……平和で何より」
「平和デスかね? 今」
「あの、ゼル男爵邸宅で火が噴き出してるって噂が」
「平和で何より」
「平和デスね、今」
「あ、皆さん無視する気満々ですね!?」
一方、旅館の一室にて休んでいた親善大使達三名。
ヨーラ、ピクノ、モミジ。彼女達は机を囲んで茶を飲んでいた。
漸く、仕事も一息ついたのだ。こうして安寧に身を置いても罰は当たるまい。
その周辺で起きている問題に関しては……、些細な事である。
「しかし、スズカゼはこれからどうするのかね? 各国へ挨拶回りになるのかい?」
「でしょうね。私達はそれに同行して国へ帰る形になると思います」
「この国ともオサラバかい。気温が温厚で好きだったんだけどねぇ」
「私の国より温かいデス!」
「私達の国よりは涼しいですね」
「ウチの国より砂は舞わないね」
皆が皆の意見を聞いて口を噤み、暫しの静寂が流れる。
やがてその静寂を破るようにヨーラが口を開いて確かな口調で述べる。
「移住するかい?」
「さ、流石にそれはちょっと……」
「デスね……」
皆が茶を一杯口に含み、喉へ流す。
それぞれため息をつきながら肩を落とす様は如何にも呑気な昼下がりだ。
「思えばそこそこ長いことこの国に居るねぇ。自分の国との違いがよく解る」
「平和ですね、この国は。それでも少し前までは第三街で反乱が絶えなかったんだとか」
「それを止めたのがスズカゼさんデスね。あの四天災者[魔創]ことメイアウス女王に直談判したって聞いたデス!」
「そんでその時に気に入られ、第三街領主伯爵かい……。波瀾万丈の人生さね」
「今も絶賛継続中ですけどね。あの人は本当に、何と言うか、自分から波に突っ込んでいくというか……」
「むしろ波を引き寄せてる感じデス」
「そしてその引き寄せられた波に突っ込んでかき回す、と。見ていて飽きないけど巻き込まれたくはない類いだね」
「まぁ、物の見事に周りを巻き込む部類ですけどね、彼女」
「それでも突っ走るから誰も彼もが引っ張られるんデスよね」
「全く、考えれば考えるほど厄介な小娘さね……」
「それでも、付いていきたくなるような人なんですね」
皆が苦笑を零し、肩をすかせてみせる。
確かにスズカゼは厄介で面倒だ。正直、関わり合いになりたくない。
けれど、ああ言う類いの人種こそが、人としての成長には不可欠なのだろう。
暗い道でも引っ張ってくれるような、ああ言う人種がーーー……。
「……何か第三街の方で黒煙上がってません?」
「無視」
「デス!」
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