胃痛頭痛は気苦労から
《王城・東門》
「……何でお前も居るんだ?」
「い、いや、この一件は私の責任もあってだな……」
王城前の門。
豪華絢爛なそれの端にある、ただ煉瓦を積んだだけの橋に彼等は腰掛けていた。
気苦労のせいか、二人は酷く背筋を曲げて項垂れている。
通り過ぎる人々が彼等の負にびくりと驚くのは無理も無い話だろう。
「で、アイツ何したの……」
「例の卵があっただろう。それの餌が魔力ではないかと仮定してな。それを説明したところ、メイアウス女王に魔力を貰いに行ったワケだ」
「報告に来た騎士がメイア女王と子供を産みたいとか言ってましたっつってたのはそれか……。あ、胃が痛い」
「胃薬飲むか?」
「準備が良いな」
「スズカゼが王城で問題を起こしたと聞いた時、必ずお前が胃を痛めると思ったのでな。特性だ」
「悪いな……。いやもうホント、胃に良い薬とかメイドが調合しましょうかって聞いてきてさ。肉より野菜が美味いんだよ。何でだろうな? 昔は肉ばっか喰ってたのに……」
「それは私も同じだ。歳なんだろう」
「止めてくれよ……、俺まだ三十路じゃないんだぞ」
「どうにか、な。もうそろそろ後継ぎなど考えた方が良いのではないか?」
「適齢期は疾うに過ぎてるし結婚する気もねぇよ。第一、それはお前が一番知ってんだろ」
「そうだったな。シルカード国の一件が今では懐かしく思うよ。……思えばあの時、お前がミルキー女王に手を出したと」
「よし止めようぜこの話題。胃に穴が開いた」
「末期じゃないのか、それ」
ゼルはリドラから胃薬を受け取り、水もなしに飲み込んだ。
喉に引っ掛かる感覚が不快感を催すが、胃の痛みに比べればマシな物だろう。
と言うか、そもそもの元凶をどうにかしなければ元も子もない。
「……どうやったらスズカゼって大人しくなるのかな」
「それを学術的に発表できれば新聞一面を飾ることも難しくないと思うが」
「まぁ、確かにそうだろうが。……だがな? 割と真面目な話、どうだ?」
「……女性が落ち着くのは結婚したり趣味を見つけたり。要するに保護対象を見つけた時が多いな」
「保護対象、か」
「元より生物的にも、女性は子を産み育てる存在だ。保護するというのは自身の生命に準ずる行為とも言えるだろう。男は狩りで女は家事など、使い古された言葉だ」
「……ふむ。で?」
「あぁ、つまりだな……。スズカゼも何か保護対象を見つければ良いのではないかと思う。守護ではなく、保護をな」
「要するにガキを産め、ってか」
「何もそこまでは……、いや、要約すればそうだな。彼女も記憶喪失の上でこの国に居るとは言え、その立場や性質は確かな物だ。そろそろ結婚を考えても良いかも知れん」
「適齢期ではあるしなぁ。伯爵なんだから後継ぎ作らない方がマズいし」
「我々のように男爵子爵の話ではないからな。バルドのような例外は除くとしても……、まぁ、後継ぎは要るだろう。女性ならば尚更」
「将来的には、か。……相手は」
「居ない。断言しよう、居ない」
「言い直すなよ……、そして断言するなよ……」
「女性好きの人間に今まで会わなかったワケじゃない。人間、それぞれ特性はあるし自己もある。そう言った趣味の人間は大小あれど居たことには居たのだ。……
スズカゼと違う点はただ一つ、あの突貫力」
「間違ってないけど突貫力ってお前」
「壁を貫き突き進むだけの力だ。あの性癖にそれが備わってしまったから、我々はこうして頭を抱えている」
「だよな……、ははは。胃薬もう一つある?」
「瓶で持ってきた」
「流石だ」
瓶の蓋縁を噛み、ゼルは喉へ錠剤を流し込む。
こんな話をしたところで無駄な事は解っている。彼女が結婚などするはずがないのだ。
女性を連れてくれば解らないだろうがーーー……、大国の女伯爵が女性と結婚など、洒落にならないとか言う次元ではない。
下手すれば名を貶めたという事で追放もーーー……。
「……リドラ、今度は頭痛薬も頼む」
「一度、本物の医療機関に診て貰え」
橋端に腰掛けながら大きくため息をつく二人。
未だ目的の少女は出て来ない。
あと何分、何時間こうしていれば良いのか解らないがーーー……。
気苦労だけは間違いなく、続くのだろう。
《王城・女王私室》
「メイアー! 暇だから遊びに来」
女王私室に入り込んだメタルの耳を焦がす、火球。
包帯に発火し彼の顔を燃やし尽くさんがばかりの勢いで燃えるそれを、さらに水の球体が凄まじい衝撃で掻き消した。
あわや首がへし折れるかと思うほどの連撃に彼は暫し制止するが、どうにか持ち直して技を放った人物を怒鳴りつける。
「殺す気かぁああ!!」
「死ねば良いわ」
「酷ぇッッ!!」
メタルの視線の先、ベッドに腰掛けるメイアはとんでもなく不機嫌だった。
見た目は変わらない。いつもの無愛想な、美麗な表情のままだ。
それでもメタルには解る。この顔とこの口調の時は間違いなく本気でキレかけている時だ、と。
「あ、あの、何かありましたでしょうか……」
「途端に低姿勢になるんじゃないわよ、気持ち悪い。……メタル、少し話があるわ」
「こ、国外追放しないで!!」
「誰もそんな事言ってないでしょう。……話って言うのはね、あの卵を何処で拾ってきたか、よ」
「何処? 何処ってロドリス地方の……、何処だっけ? あぁ、そうだ。火山だよ、火山! 奥地にある場所でさぁ!!」
「そう、死ね」
「何で!?」
「貴方が拾ってきたあの卵……、とんでもない事になるわよ……」
「……えっ」
《王城・東門》
「…………」
「…………」
唖然。
否、呆然。
否々、放心。
「あのですね」
少女の頭の上で飛び回るそれは、元気に鳴き声を上げる。
くるくると、元気に、無邪気に飛び回るそれは。
今まで胃と頭を痛めていた二人の事など知らずに、元気に、飛び回る。
「……ドラゴン、産まれました」
スノウフ国にのみ存在するという希少種、ドラゴン。
然れどそれも純粋種ではなく、他種族は全て絶滅したと言われる太古の存在。
それが今、彼女の頭上を元気に飛び回っている。
産まれたばかりのドラゴンが、今。
「……リドラ」
「……何だ」
「病院、行ってくるわ……」
「私も行こう……」
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