女王の魔力を貰いに
《王城・女王私室》
「……で、来たと」
「はい。大臣にメッチャ睨まれました」
「そりゃそうでしょうね……」
女王私室で薄布に身を包むメイアは額を抑えながら、酷く疲労した様子で肩を落とした。
自身の眼前にて、厄介事の種が満面の笑みを持ち卵を抱えている。
漸く面倒事が処理し終わって休憩出来るというのに、まさか最後の最後でこんな矢介護との種が来るとは思わなかった。
「で、用件は? 私は早く寝たいんだけど」
「あ、何ならご一緒に……」
「貴方、本当にイトーに似てきたわよ。断るわ」
「そうですか……。っと、用件って言うのはこの卵についてなんですけど」
スズカゼが掲げる赤白の斑模様。
彼女の頭二つか三つ分はあるだろうか。時々、妙にカタカタと動いている。
そろそろ生まれるのだろうか。何が生まれるかは解らないが、まぁ、メタルが見つけてイトーが託してスズカゼが暖め続けた物だ。
……悪魔でも生まれそうな気がする。
「何? 処理すれば良いの?」
「ちょ、構えないでください割とマジで。あのですね、私が言いたいのは私と子供を産みましょうって事で」
「そう……、上級魔術の授業でもしましょうか? 物理的に」
「魔法は物理的じゃないと思いますごめんなさい!!」
メイアウスは衣を羽織り直し、スズカゼへと視線を向ける。
彼女の持つ卵を孵らせてみたいという気持ちはある。未だ見たことも無い未知への興味はいつになっても失せない物だろう。
……だが、この光を放つのではないかと思うほどに目を輝かせている少女との子供と考えると、途端に生みたくなくなる。
本当に、どうしてこんな事になってしまったのか。
「こっちに来なさい、スズカゼ」
「え?」
「良いから」
メイアはスズカゼの頬に手を伸ばし、陶磁器のように白く冷たい指を彼女の耳に触れさせる。
そのまま掌に力を込めて、豪華絢爛なベッドの上へスズカゼを引き寄せた。
即ちメイア自身がスズカゼに押し倒される形を作り出したのだ。
彼女の決して豊満ではないが小さくも無い、美を究めた双丘に手を着きながら、スズカゼは唖然としていた。
何が起こったのか、彼女の脳が理解するに容量を超過し過ぎているのである。
「どうしたの?」
あのメイアウス女王が、押し倒させた?
胸は柔らかい、と言うか掴んでいるかどうかすら怪しい程だ。
真っ白な雪地に手を押しつけるように繊細で、冷たい感触。
掌の中心にある、雪地の中の微かな感触だけが確かに伝わってくる。
彼女の頬に掛かった数本の頭髪は宝糸のように煌めいていて、余りに美麗だ。
そしてそれを受け止めるように静かな瞳もーーー……、形容し難いほどに深くて綺麗で、何処までも続く深海のように不思議な存在と言える。
微かに濡れた唇は艶やかに言葉を零す。指で触れれば解けてしまいそうな程に、柔らかそうで。
「ぁ……」
スズカゼはその余りの美しさに言葉を失っていた。
今まで見てきたどんな陶器よりもどんな絵画よりもどんな彫像よりもーーー……、冷たくて美しい。
自分が触っている事さえ躊躇われるほどの、天井の存在。
「スズカゼ・クレハ」
メイアの指が再び彼女の首筋を撫で、緩やかに抱え込む。
段々と近付いてくる艶やかな桃色の唇を避けるはずもなく、スズカゼはただその美しさに目を奪われていた。
深海のように深い瞳を見詰めて、ただ深く、深くーーー……。
「あひゃ?」
気付けば意識の糸は静かに切れていた。
真っ白な腕の中で、スズカゼは呆気ない声と共に沈み込んだのである。
メイアは彼女を布団に寝かせると同時に眉間を軽くつまみ上げた。
慣れない魔法など使う者ではないな、と。
そう呟くように大きくため息をつきながらーーー……。
《第三街東部・ゼル男爵邸宅》
「団長、報告が」
「おう、何だ」
メイドの淹れてくれた、そこそこ高価な珈琲を啜りながらゼルは部下からの報告に耳を傾けていた。
だが、彼の視線は四大国に仇成す反政府組織が潰れた、と事実から数周り離れた事が書かれている新聞に向けられている。
この平和な中だ。どうせ報告など事務的な物ばかりだろう。
彼はそう高をくくり、憶測や各国首脳の迅速な行動を嫌々褒めた立てる新聞の字面に目を流すばかりだ。
こうして口に広がる微かな苦みを感じながら、下らない内容に目を通す昼下がり。
あぁ、何と平和なーーー……。
「スズカゼ第三街領主伯爵が王城に突っ込んで捕縛されたらしいです」
新聞紙に噴出されるそこそこ高価な珈琲。
解っていた、解っていたのだ。どうせこんな平和など続きはしない、と。
解っていた、解っていたのだ。どうせあの馬鹿が何かやらかすだろうな、と。
それでも今少しぐらいの平和があったって良いではないか。
「……大丈夫ですか? 団長」
「もう聞かなかった事にして良い?」
「駄目だと思います」
結局、彼が王城に出向くことになるのはこの数時間後の事である。
その間に何があったかは、主に胃痛で倒れかけたりそれをメイドが介抱してたり行きたくないと駄々をこね出したりと色々あったのだがーーー……。
それは、まぁ、彼の尊厳的な意味で割愛するとしよう。
読んでいただきありがとうございました




