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獣人の姫  作者: MTL2
平穏の日々で
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孵化のため


「……生まれないのが不思議なぐらいだな」


数時間掛かって卵を鑑定し終えた彼は静かにそう呟いた。

どうやら卵の中身は既に形成されているらしく、後は殻を破るだけなんだとか。

だと言うのに中身は殻を破ることなくずっと蠢いているだけであり、まさしく生まれないのがおかしい状態なのである。

リドラはその生まれないのがおかしい生物の形態なのかどうかは知らないが、このまま卵の中に放置しておくのもどうかと付け足した。


「どんな生物なのかは解らないんですよね?」


「爬虫類に近いはずだがな。……流石に私もこんな物は見たことが無い」


「し、新種ですか!?」


「ロドリス地方で拾ってきたのなら別に珍しい話でもあるまい。あの場所は未だ開発の進まない未開の土地だからな。……この卵についてはイトー殿に相談しに言った方が良いやも知れないな。最早、私の鑑定だけでは計りし得ない所まで来て居る」


「リドラさんでも……? 研究とか出来ませんか?」


「この卵が分解される事になるが、良いのか?」


「いや駄目ですスイマセン」


リドラの言う通り、これ以上は卵を分解でもしない限り解らない。

思えば付き合いの長いこの卵だ。しっかりと生ませてあげたい。

中身が何なのかは解らないが、それでも生ませてあげない理由にはならないだろう。


「……うーん、やっぱりあの人の意見を仰がないといけませんかねぇ」


「仮説としては魔力が餌、という点だけだな。シルカード国の一件より急激に成長しているが、その切っ掛けは間違いなくゼルの魔力を極限収束した輝鉄の剣王シャイロン・アンローデだろう」


「でも、かと言って私の天陰・地陽(てんちめいどう)なんて撃ち込んだら……」


「人間が限界を超えて食事を行えばどうなると思う?」


「ですよねーーー……」


「精密性を求めるんだ。お前では無理だろう」


正直言って、ある程度なら魔力を制御コントロールする自信はある。

だが、それは本当に大雑把な物だ。謂わば一か十かの話なのである。

もっと、一二三四五……、と。確実に操れる人物なら話は別だろうがーーー……。


「あ」


「待て。私も今思いついたがそれは駄目だ」


「でも可能ですよね?」


「た、確かにあの人物ならば魔力の加減など赤子の手を捻るより容易いが……」


「じゃぁ」


「相手を考えろ! 前の一件でも散々だったのだから、今行ったら何を言われるか……!!」


「……あの人の魔力で生まれたら、私とあの人の子供になるんですよね?」


「ま、まぁ、ゼルはあくまで餌を与えたに過ぎないしな。生まれるとなればまた別だし、卵を温め続けたお前を片親とするのなら、そうだろう」


「ははっ」


「いや、それでも待……、もう居ない!? 何だこの速度は!!」


幾多かの資料を散らしながらも彼女の姿は消えていた。

リドラは思わず顔を押さえながら、力無くよろけてそのまま椅子にのし掛かる。

間違いない。あの少女が行ったのはーーー……、王城だ。



《王城・廊下》


「……騒がしいな。何事だ?」


「そ、それがナーゾル大臣。廊下でスズカゼ第三街領主伯爵が叫んでいまして」


「またあの小娘か! 次は何だ!? 第三街の実質的独立か!? それとも獣人の雇用条件向上か!!」


「メイアウス女王と子供を生みたい、と……」



《王城・地下牢》


「何をするんですかぁ!!」


「すまないな、この国では頭の螺旋が吹っ飛んでいる人間に政治は任せられない」


「だからって牢屋にブチ込みます!?」


「メイアウス女王に命令を仰いだら灰にしろ、と言われてもおかしくないと思うが」


牢屋越しに会話する変態と肥満体型の男。基、スズカゼとナーゾル。

何かと衝突の多い彼等がこんな形で対面し、話をする機会が与えられるとは誰が思っただろうか。

見張りの王城守護部隊隊員ですら気まずそうに顔を逸らし、今から聞こえてくる物を記憶から抹消するよう心掛けている始末である。


「全く、忌々しい。貴様に殴り飛ばされたあの貴族の宴の時から……。いや、それ以前。貴様がこの国に姿を現したときから厄災続きだ! 貴様は間違いなくこの国にとって不幸を運んでくる悪魔だろう!!」


「むしろ幸せを運んでくる妖精じゃないですかね」


「真面目な話をしている!!」


「あ、はい」


「何なんだ、貴様は!! 貴様のせいで国力は落ち、獣人は独立した!! 貴様が余計な事さえしなければこの国は安泰だったのだ!! 第三街も未だ肉壁として変化していく状勢の中でサウズ王国の立派な盾と成り得たのだ!! それも貴様が余計な事をしたせいでただの有象無象の肥溜めに成り果てた!! 貴様が、貴様が余計な事を!! 貴様さえ居なければ!!」


「大臣」


酷く冷たい声だった。

それは殺気か殺意か。如何にせよ大臣の言葉を止めるには充分だった。

たった今まで平然としていた小娘が、いつしか見たことも無いような化け物になっていたのだ。

彼女が抱える卵すら視線に入らないほどに、その言葉は恐ろしく、冷たかった。


「貴方が何を言おうとこの際、言及しません。人の考えは人それぞれという事で口を閉じましょう。……ですが、第三街を、獣人の皆さんを、私の仲間を、彼等の笑顔を否定する事だけは許さない」


「き、貴様は……」


「私はスズカゼ・クレハ。サウズ王国第三街領主にして伯爵」


少女は言い放つ。

その恐ろしき眼光を持って、大臣を睨み付けて。

静かに、深く、低く、恐ろしく。


「仲間の為なら悪魔にでもなる女です」



読んでいただきありがとうございました

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