表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣人の姫  作者: MTL2
平穏の日々で
380/876

卵の鑑定

《第一街東部・リドラ邸宅》


「……何の用だ、スズカゼ」


「まず挨拶の前にそんな酷い顔しないでくださいよ……」


「酷い顔をしている訳ではない。ただ顔が酷いだけだ」


「あぁ、目下の隈とかってそういう……」


どうやら、前回の食事処よりの騒ぎ以前からずっと寝ていないらしい。

髪は酷くボサボサに乱れていて目の下は真っ黒で背中はどういう構造をしているのかと思うほどに曲がっている。

自分も現世に居た頃に大学の試験前は三徹ほどした事があるのだが、多分これよりはマシだった。

……まぁ、二時間置きに息抜きとして竹刀を振っていたので逆に健康的だったかも知れないが。


「では一応、挨拶はしておこうか。ハロウリィ」


「は、はろうりー。って前々から思ってたけど何ですかこの挨拶」


「昔、ある人物が使っていた言葉でな。その名残で使っている。……尤も、その人物はもう居ないが」


リドラは踵を返して扉に手を掛け、卵を抱えた少女を部屋へ招き入れた。

部屋の中も徹夜明けだからか前からか、何にせよ言葉で表せないほどに酷い。

具体的には部屋の中全てが資料や書類で埋まっている、といった状態だ。


「……掃除しましょうよ」


「書類の置き場が無くなってきてな。踏むなよ。魔炎の太刀を出すんじゃないぞ」


「ふ、踏まないようには気を付けますけどそもそも魔炎の太刀は出しませんよ」


置かれている資料を一枚だけ見てみたが、やはり何を書いているか解らない。

国家お抱えの鑑定士。成る程、その分だけの研究を繰り返しているらしい。

正直、自分がこれを理解しろと言われても絶対に無理だ。間違いなく無理だ。


「で、用件は?」


「あ、あぁ、はい。卵の鑑定を……」


「料金は三万ルグだ」


「金取るんですか!?」


「これが仕事なのでな。……とは言えその卵は未だ何の資料もないし研究途中なのも含めて無料で良い。そもそもスズカゼにそれだけは払えまい」


「あ、この前メイドさんに聞いたらお金無いって言われました。具体的には修繕費で」


「他国から建築物などの修繕費が回ってこないのがおかしいと思っていたが、まさかスズカゼの財産から出ていたとはな……。食費はどうしている?」


「主にゼルさんの財産からですね」


「鬼か貴様は」


言葉を交わしながら、二人は奥の部屋へと進んでいく。

そこには顕微鏡らしき物やトゥルーアの宝石、ペンや真っ白な紙という研究に必要であろう様々な物が置かれていた。

他の部屋より計算的に置かれている印象を受けるが、それ以上に全て大切にされている事がよく解る。

道具の手入れも怠らないのが常だ、とリドラは呟いた。


「卵を寄越せ。調べる」


「お願いします。……その間は外に出た方が良いですかね?」


「いや、話がある。ここに居ろ」


「は、はぁ」


リドラはそう言うと卵を重そうに抱えて机の上に布を敷いてからゆっくりと置いた。

そのままの手でトゥルーアの宝石が填まった眼鏡を手に取り、瞳に掛ける。

熟々便利な宝石だとは思うが、やはりそれを成り立たせているのは彼の頭脳なのだろうか。


「それで、だが」


未だ卵を観察しているというのに、リドラは平然とした口調でスズカゼに話しかけてきた。

座る場所を探していた彼女は思わずびくりと驚くが、一度咳払いして平穏を装い、返事を返す。


「な、何でしょうか」


「身体に異常はあるか?」


質問の意図は言わずとも解る。

恐らく精霊化に伴う異常を調べたいのだろう。

前例の無い症状……、と言うか状態らしいので、当然と言えば当然だ。

しかし未だ彼等を記憶喪失という事で騙しているのは気が引ける気もするが、こればかりは仕方あるまい。


「あー、異常は無いですね。頭が痛いとか怠いとか咳が出るとか」


「風邪ではないのだがな……。しかし異常が無いというのも妙な話だ。スズカゼ。お前の内面は確かに精霊化しているんだぞ」


「わ、私ってもう精霊なんですか?」


「いや……、精霊化しているとは言え前と比率には大差ない。そうか、言い方が悪いな。精霊化していたと言うべきか」


「つまり?」


「紅蓮の衣……、聖闇・魔光(てんちしんめい)だったか。それが精霊化したお前なのだ。あの衣は恐らく精霊化したお前の象徴なのだろう」


「つまりあの衣を纏った状態だと精霊化している……、と」


「そんな所だな。聖死の司書スレイデス・ライブリアンの資料が間違っていなければこれで確定だ」


「あぁ、そう言えば解析してたんでしたね。……じゃぁ、彼等の目的も?」


「いや、詳しい事については大部分が欠損している。聖死の司書スレイデス・ライブリアン内で天井を落としたり放火したり暴れ回ったりした馬鹿共が居てな」


「あ、あぁ、はい。すいません」


「お前だけではない」


「私も含まれている事には含まれてるんですね……」


「当然だ。まぁ、今更言っても仕方ない事ではあるが」


リドラはスズカゼに背を向けたまま卵を観察する。

聖死の司書スレイデス・ライブリアンの一件はやはり、様々な影響を及ぼしている。

あの組織について、司書長ライブラーと呼ばれていた女の子について、自分についてーーー……。まだまだ解らない事は沢山ある。

これ等がいつしか解明され、全て明るみに出るかどうかは解らない。

けれどその時、自分は全てを受け止められるのだろうか。

自分の正体が世界の明るみに出たとき、いつしか、いつしか。


「……どうした?」


「あ、いえ。何でもないです」


きっと、その時は遠くない。

世界は動き始めている。着実に、動いている。

いつしか世界は必ず、自分の影に追いつくだろうからーーー……。



読んでいただきありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ