彼女達の平穏
《第三街東部・ゼル男爵邸宅》
「おっかしいなぁ、昨日の記憶が無いんですよ」
「そうか、俺も昨日の記憶を無くしたいよ。物理的に」
居間には卵を抱える少女と頭を抱える男爵の姿があった。
前日の事もあり、ゼルの胃痛は増すばかり。今はメイドが胃に優しい朝食を創っている所だ。
その朝食を待つ二人は久々の怠惰なる朝日に身を沈めている所である。
「……つーか、それまだ持ってたんだな。もうかなり長いだろ?」
「あぁ、この卵ですか? そうなんですよねぇ。前から動いちゃ居るんですけど、中々生まれなくて」
「確か俺が|輝鉄の剣王 《シャイロン・アンローデ 》をぶつけた時から活性化したんだろ? だったらお前の魔力ぶつけたらどうだ?」
「……割れませんかね?」
「自信はねぇな」
「割れたら膝から崩れ落ちる自信がありますよ」
「ま、まぁ、うん。……だったらリドラに意見を求めたらどうだ? アイツなら適した意見をくれるだろ。何なら鑑定して貰えば良い」
「……そう言えばあの人って[鑑定士]でしたね」
「国家お抱えのな!? 忘れてやるなよ!!」
「だってあの人最近鑑定してなかったじゃないですか。……あれ? ゼルさんって無職でしたっけ?」
「サウズ王国騎士団長なんですけど!? それを言えばお前も伯爵だろーが!!」
「……あっ」
「忘れてたのかよ!!」
ぎゃあぎゃあと叫び合う彼等に微笑みながら、メイドは皿の上で踊る木の実を燻し続ける。
長らく見ていなかったこのやり取りも、やはり自分の日々を創るには相応しい。
一人で大きな家の掃除をし続け、主人の帰りを待つよりも。
皆で騒ぎながら、笑い合っていた方がずっとーーー……。
《第三街北部・ファナ子爵邸宅》
「……何をしに来た」
「お、お姉ちゃんが帰って来てるって言うから……」
邸宅より髪を乱しながら出て来たファナの前に居たのは、嘗て彼女が救った獣人の少女だった。
少女は怯えながらもしっかりと両足でファナの前に立ち、彼女を見上げている。
寝起きで思考が回りきらなかったのか、それとも断り切れなかったのか。
どちらかは解らないが、ファナは少女を追い返しきれず、結局家の中に招くことになった。
「お、お姉ちゃん聞いて! あのね、姫様が居ない時も皆頑張ってこの街を支えてたんだよ! この前の争いで壊れちゃったけど、また皆で頑張ろうって……」
「……うるさい。頭に響く」
「ご、ごめんなさい……」
「…………家の中に菓子があるから、持って行け。私は要らん」
「あ、ありがとう!」
嬉々とする笑顔を見せる少女に、ファナは大きなため息をついた。
自分も随分甘くなった物だ、と。幾度か繰り返したそんな悩みを。
彼女は再び心に押し込めて、静かに邸宅の扉へと手を掛けた。
「…………」
「どうした、ハドリー」
「い、いえ。何でも……」
少し信じられない光景を見た彼女は口元を崩しながら苦笑していた。
まぁ、彼女達も仲良くやっているようだし心配は無いだろう。
嘗ては獣人鏖の元に動いていたファナも良い方向に歩み出している。
「それにしても申し訳ありません、ジェイド。折角の休みだというのに付き合って貰って」
「構わんさ。お前もまだ万全の状態ではないし手伝いも要るだろう。それに我々はゼルと違って家を掃除し身の回りを世話をしてくれるメイドも居ない。こうやって食料品を買い出しに行くのも当然だ」
「そ、そうですね……」
こうしてジェイドと二人で街を行くのも久々だ。
風景も大分代わってしまったし、自分達の関係性も大分代わってしまったように思う。
嘗ては獣人を率いるリーダーとその側近でしか無かったのに、今では第三街領主に仕える……、いや、第三街領主の友だ。
彼女がきっとこの場所に居ればそう言うに違いないだろう。彼女は色々と問題……はあっても、やはり自分達を解放してくれた[獣人の姫]なのだ。
そう、彼女がここに居れば逢引ですか? なんて聞いて……。
「いやいやいやいやいや……」
「ど、どうしたハドリー。やはり具合が悪いのか?」
「な、何でもないですよ! それより早く私品を買いに行きましょう!!」
「そうだな。……しかし何だ。こうしていると、まるで夫婦のような」
「何でそういうこと言うんですかぁああああああああ!!!」
「えっ」
「何で、何でぇええ~~~……」
「わ、悪かった……、か?」
「……もう良いです。早く食料品買いに行きましょう」
「う、うむ」
二人は未だ瓦礫の転がる街中を歩いて行く。
その漆黒の手と羽纏う手が繋がれる事はない。
然れど、太陽に照らされるハドリーの頬が、まだ夕刻では無いのに紅く染まっていたのは、決して見間違いではないだろう。
《第三街南部・臨時騎士団駐屯地》
「……ふぅ」
「あら、デイジー。もう動いて大丈夫なのですの?」
「ん、サラか。あぁ、もう大丈夫だ。武器も持てる」
「けど傷は塞がりきってませんわね?」
「元より治療ありきの療養だ。数週間もしない内に完治するさ」
未だ手足を包帯で覆い尽くしながらも、デイジーは復興作業に精を出していた。
本人曰くじっとしていた方が疲れるとのこと。それに、自分でも、弱者でも役に立てることを証明したいとのことを口にする。
彼女にとって弱者は最早、忌むべき存在ではなく、護るべき、抗うべき存在なのだ。
「無理しないでくださいね。余り無理をしてるとスズカゼさんを呼んできますわよ」
「そうか、解った。そろそろ休憩しよう……」
「お前達、第三街領主にして護衛主をよくそんな扱い出来るな……」
「「普段が普段なので」」
仲間の騎士からの苦言に対し、彼女達は同様の反応を返す。
布団に潜られ胸を揉まれ下着を被られ抱き付かれ。
最早、常軌を逸した彼女に尊敬の念こそあれど同情の念はない。
「……まぁ、何はともあれ早く復興せねばな。この街を」
「えぇ、そうですわね」
未だ瓦礫が転がるこの街で。
白き布地に身を包んだ弱者と、笑顔の女性は微笑み会う。
きっと、そう遠くない内に復興し切ろう、と。
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