幽霊騒ぎの原因
「こ、この包帯男はメタルなのか? あの馬鹿なのか?」
「えぇ、この全身包帯は間違いありません」
壁面で項垂れる男を睨みながら問うファナに、スズカゼは頷きを見せた。
先週、メイアウス女王の元を訪れた時、自分は彼に会っている。
かなりの重傷だった彼は全身を包帯に覆われていて、余りの暇さに脱走していたのだ。
恐らく今ここに居るのも、この廃墟街ならば人目に付かないだろうという事で逃げ出してきたのだろう。
もうこの人物は首に鎖でも付けない限り、脱走を繰り返しそうな気がする。
「はぁ、遂に幽霊かと思ったらただの馬鹿だったとは……」
「あ、あの、メタルさんが動かないんですが」
「放っておいて良いですよ。その内目覚めますから。……っと、今はそれよりヨーラさんとピクノさんが」
「私達がどうかしたのかい」
彼女達の背後にのそりと現れる一つの影。
驚きながら振り向いたモミジの瞳に映ったのは、ピクノを肩に抱えて全身を泥だらけにしたヨーラの姿だった。
彼女が言うには、スズカゼ達と捜索していたは良いが道中で地面の綻びから地下に落ちてしまったらしい。
全身を汚れ塗れにしながら這い上がったは良いがその時にはもうスズカゼ達の姿はなく、仕方なしに廃墟街を走り回っていたら気絶しているピクノを発見したんだとか。
「……これで一件落着?」
「全てはこの馬鹿のせいか……!!」
「ファナさん流石にその状態で魔術大砲くらったらメタルさんも死にますから」
ファナは舌打ちと共に掌へ収束した魔力を解放し、踵を返して出口へ向かう。
燦々と輝く太陽が誘う外への道だ。ファナが長らく待ち焦がれた場所への戻り道でもある。
彼女は意気揚々と、と言うか必死にそこへ向かおうとしたが、その服裾を掴む指があった。
「な、何でしょうかモミジ様。どうして止めるのです?」
「ファナさん……、そこは先程まで真っ赤な壁があったはずなんですが」
「え?」
「あの、それと小さな獣人の女の子が居ませんでしたか? 先程まで一緒に居たはずなんですが……」
「えっ……?」
ファナの顔が引き攣り、スズカゼは真顔のまま硬直し、ヨーラは何の事かと首を傾げる。
停止した空間の中、時間だけが刻々と過ぎていき、彼女達の背筋にはひんやりとした汗が伝い始めていた。
その切っ掛けを作ったモミジ本人ですら顔を真っ青にして硬直し、物言わぬ状況となっている。
彼女達は互いに互いを見つめ合い、やがて固まった氷を溶かすようにぎこちない動きで出口へと足を向けた。
《第三街西部食事処獣椎》
「何だったんだろう、今回の一件は……」
「貴様が余計な事をしなければもっと迅速に済んだのだ」
「ま、まぁまぁ、何はともあれ誰も居なかったんですし良かったじゃないですか」
「あぁ、誰も居なかったね、誰も」
「そういう事言うの止めましょうよォーーー!」
がやがやと騒がしく喚きながら獣椎に入店してくるスズカゼ達。
よく解らない内に終わった今回の一件の打ち上げ、と言った所だ。
いや、正確には終わったと言うか終わらせた、なのだが。
まぁ、相当な時間見回って反応一つ無かったのだ。廃墟街には誰も居ないと考えて良いだろう。
ただし生物に限る。
「ま、取り敢えずご飯でも食べて気を落ち着けましょう。ここ私のオススメで第三街唯一の料理屋なんですよ」
「……獣人が経営する、な」
「もー、ファナさん。そういうこと言うと寝床に潜り込みますよ?」
「私が悪かった」
彼女達は奥一つ手前の席に座り、それぞれメニュー表に目を通す。
決して裕福ではない第三街に居を構える大衆料理の食事処だ。高級料理は無いし値段も安い。
スズカゼとヨーラはその料理表を見てさっさと決めたが、ファナとモミジは首を傾げるばかり。
一国の子爵と一国の王女だ。流石にこんな大衆料理は見た事も味わった事もないらしい。
「このフェイフェイ豚の焼き肉は知ってますけど……、その他の、パリコ草のサラダとは何でしょう?」
「サラダと言うから草を詰め合わせているのではありませんか。あぁ、モミジ様。このスカイッシュ水というのは私も知っています」
「まぁ。では、隣のボレー酒というのは?」
「酒というのだから泡立つのでしょう。しかしこの竜魚の煮付けというのは……?」
「竜魚は魚ですね。それを煮付けるというのは……、煮付けとは何でしょうか?」
「煮付け……、煮て付けるんでしょうね」
「煮て付けるんですか……」
「おい、スズカゼ・クレハ。煮て付けるとは何だ?」
「ピクノさん起こしてください。あの二人に教える自信がありません」
「多分、この娘はもっと駄目だろうね」
彼女達はため息をつきながらもファナとモミジのために適当な品を頼む。
一応は煮付けも頼んでみたが、気に入ってくれるかどうかは彼女達次第だろう。
因みにこの世界の煮付けは味が薄いので、初めてその品を見つけたスズカゼが意気揚々と食べて物凄く微妙な顔をしたのは割と最近の話だったりする。
「駄目と言えばメタル? とか言う男さね。今回の騒ぎの原因だろう? 会ったら一発蹴り飛ばしてやらないとね」
「その時は是非誘ってください。まぁ、今頃は……、あっ」
「そう言えば廃墟に置き去りにしてきた気がするわね」
「……死にゃしないでしょう!」
「だと良いけどねぇ」
二人が共にため息をつく中、その隣を三人の男組が歩き去って行く。
全身真っ白な男と鉄の義手を垂れ下げる男と少し背筋を伸ばした白衣の男。
スズカゼとヨーラは互いに顔を見合わせて微笑み会い、静かに席を立つ。
「なー、ゼル。退院祝いでここ選ぶのは良いんだけどさ。やっぱ奢って……」
「奢る訳ねぇだろ。黙って座れ」
「全く、貴様が連日の脱走を繰り返さなければもっと早く話が出来たんだがな」
「いや、最終的には鎖で繋がれて脱走も糞も無かっ……」
「メタルさーん!」
「お、スズカゼぇ! 聞いてくれよ!! この二人がさぁ!!」
スズカゼの拳撃が顎に、ヨーラの脚撃が腹部に。
その後、彼の入院期間が一週間ほど延長されたのは別の話である。
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