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獣人の姫  作者: MTL2
魔法石の暴走
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精霊と妖精の荒波

「……何者ですか、貴方は」


漸く、どうにか呼吸を整えたスズカゼがまず零した言葉はそれだった。

当然だろう、こんな場所に普通の人間が居るはずがないのだから。

彼女のその質問に対し、オロチと名乗った大柄の男は顎を指先でこすり、ふむ、と小さく唸った。


「当然の疑問だ、が。それを聞いてどうするのかね」


「……どういう意味ですか」


「もし儂が敵ならば、ここで斬り捨てるか。もし儂が味方ならば、ここで頭を下げるのか」


「……っ」


「儂が誰か、などというのは些細な事よ。獣人の姫君、今の状態では儂が敵だろうが味方だろうが関係はあるまいて」


「そうですけれど……」


「気持ちは解らんでもない。だがな、御主がそれを気にするのは少しばかり傲慢ではないかな」


「傲慢?」


オロチは軽く、耳元で飛び回る羽虫を退けるように腕を振り払った。

それは魔力を纏ったようにも見えなかったし、何か異変があったようにも見えなかった。

それでも彼の振った腕はクグルフ山岳に掛かる濃霧を一瞬で切り裂き、山下の景色を露わにしたのだ。


「なっ……!」


「見てみるが良い」


彼の指差した先には、蠢く何かがあった。

山下の、それも彼等が乗ってきた装甲獣車のある場所よりも少し先だ。

一体、それが何なのか。

通常ならば幾ら目をこらしても見えるはずはなかっただろう。

だが、スズカゼは直感した。直感してしまった。


「そんな……!!」


その蠢く何かの先にあるのはクグルフ国。

そう、それは精霊と妖精の荒波だ。

彼女等を呑み、そのまま山岳を下ってクグルフ国まで攻め入る荒波だ。


「今、御主が行う事は何か? その答えを聞く必要性はあるまいて」


「ッ……!」


スズカゼは山頂へと向かうべく地面に足を踏み込ませるが、その力は泥によって見当違いの向きへ滑ってしまう。

泥の中に転がった彼女は歯を食いしばりながら起き上がり、己の無力さを悔いるように拳を叩き付けた。


「助けに……、今すぐ止めにいかないと!!」


「ならん、歩け」


オロチは無情にそう言い捨てる。

彼の表情はいつの間にか、出会ったときのそれではなく、酷く冷暗な物となっていた。

スズカゼの背筋を凍らせ、危険信号が脳内で響き渡るほどに、その表情は冷たかった。


「我々の期待を裏切らせるな」



【クグルフ国】

《城壁・東門》


「……これは」


城壁で見張りを行っていた兵士は、思わず言葉を失った。

地平線が蠢き、その水平を揺らしているのだ。

考えられる原因も、その後の結果も一つしかない。


「緊急! 緊急ーーーーっ!!」



《中央広場》


「この音はっ……!?」


カンカンカン、と凄まじく国内に響き渡る金属を打ち付ける響音。

国内に響き渡るそれは民の顔色を一瞬で豹変させる。

何も解らないメイドは炊き出しの手を止めて周囲を確認するが、彼女の目に映ったのは蒼白となった民の顔色だった。


「何が……?」


「緊急の警報です! これが鳴るのは……」


そこまで言いかけた兵士は、自らの口を押さえて俯いた。

その先は言うまでもないだろう。

彼だけでなく、国民も、他の兵士も、同様に。

そしてメイドもそれを感づいた。


「落ち着きなさい、皆さん!!」


絶望に染まり絶叫に沈む民を叫び止めたのはメメールだった。

彼は必死に叫んで腕を振り回し、その額から脂ぎった汗を飛散させる。

その姿は端から見れば酷く醜い物だろう。

だが、メイドの目には民のために必死に叫ぶ長の姿にしか映らなかった。


「警鐘が鳴ったという事は精霊や妖精が攻め込んできたという事です! だが、まだ距離があるはずだ!! 急いで避難するのです!!」


彼の叫びに、狼狽えて怯えていた民はどうにか沈静化した。

それでも混乱と恐怖は消える事はない。

彼等は足を、指先を、口先を震わせて。

それでもメメールの声を聞くために必死に耐えて。


「女性と子供を優先的に! 西へ逃げてはいけません!! 北か南へ逃げるのです!!」


彼の指示に従って、まず動いたのは兵士だった。

彼等自身も何が起こりどうなるかを理解している故に、決して落ち着いては居られないだろう。

だが、メメールだからこそ任せられる。

彼の言葉だからこそ従えるのだ。


「メイドさんも、早く!!」


兵士は彼女の腕を引き、北門の方へと足を踏み出した。

しかし、メイドはその腕を振り払ってその場に踏み止まる。

彼女の表情は何処か達観したような、何処か安堵したような物だった。


「……いえ、行きません」


「何故ですか!? このままでは、ここは!!」


「スズカゼさん達は言いました。この国を必ず救う、と」


メイドの拳は震えていた。

恐ろしいのだろう、彼女は。

当然だ。彼女にはゼルのような戦闘力もリドラのような知識もない。

メイドである彼女はただの人間だ。

剣も稽古と興味で何度か持っただけだし、戦った事など一度もない。

自分の取り柄は炊事洗濯掃除などの家事だけだ。


「だから、私は待ちます」


例え獣人でも、人間でも、メイドでも。

待つことは出来る。信じることは出来る。

だから、必ず。


「あの人達の守ろうとした場所はここですから」


スズカゼ達は帰ってくる。

波を越えて、この国へと。

そう、必ず。


「ですが、このままではーーー……!」


叫びかけた兵士の喉を詰まらせる爆音。

それは警鐘の音でも精霊と妖精の荒波の音でもない。

天へと駆け上る巨大な光の柱が生み出す音だった。


「アレは……!?」



【クグルフ荒野】


〔光は空を貫き太陽を喰らう。陽の光すらも焼き尽くす天光は咎人の証〕


荒野の中心、荒波の眼前に彼女は居た。

その麗しく潤う唇より詠唱を述べ、繊細な両腕に魔力を収束させて。

彼女は地平線を揺るがすほどの荒波に対峙する。


〔鎖を溶かせ。鉄球を貫け。その光は万物を滅する白が如く〕


彼女は激しく両手を打ち合わせた。

それと同時に天を貫く光の柱は彼女の手元に収束され、一つの球体と化す。

球体の大きさは大人の頭ほどであり、色は純白すらも超える白。

彼女はその球体に手を当てて、静かに瞳を閉じる。


真螺卍焼トーティクル・デストラクション


彼女は球体に左手を当てたまま、右手を大きく開ききった。

そして、その右手を地平線に沿うように払い振った。

それから数秒後。

彼女の手元にあった球体が急速に収縮し、赤子の握り拳ほどの大きさへと変化した。

だが、同時に、彼女の。

ファナの眼前には轟々と燃え盛る精霊と妖精の荒波が広がっていた。


「……主なき使霊風情が」


彼女が小さく、それこそ吐息の音に近いほどに小さく呟くと、手元の球体は再び大きさを取り戻した。

煌々と輝くそれを手元に持ち、彼女は燃え盛る炎すらも乗り越えた精霊と妖精の荒波へ射殺すような視線を向ける。


「身の程を思い知れ……!」



読んでいただきありがとうございました

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