煌めきは黒紅を散らす
「……}
男は、歩く。
ただ一歩を踏み出して、逆の足を引いて。
当然の動作。必然の動作。
その動作の一つ一つが周囲の瓦礫を溶解させ、破砕させ、焼滅させる。
男は異質の、異端の、異常の存在と成り果てていた。
全てを解放したが故に、全てを殺戮するが故に、全てを殲滅するが故に。
{……}
対する少女もまた、異形だった。
紅蓮の衣を纏い紅蓮の刃を携えるその姿は、何と形容すべきだろう。
業火、豪炎、轟焔の孰れをも喰い尽くす、その異形。
彼女の刃が擦った瓦礫は例外なく燃え尽くされ、灰燼と化す。
それ程までに、その刃は火を、炎を、焔を持ち得ていた。
「……加減は出来ねぇぞ}
{…………}
少女は答え変わりと言わんばかりに地を蹴り飛ばす。
瓦礫と粉塵を舞わせて斬りかかるその速度は最早、視認すら難しい。
常人の意識下からすれば、ゼルの眼球に映っていたのは振り下ろされた紅蓮の刃だろう。
然れど、今のゼルはそんな物を恐れる必要などない。防ぐ必要などない。
己が体は刃など、通しはしないのだから。
{……!?}
紅蓮の焔を纏う刃は男の体を貫かない。
肩先から一閃、袈裟斬りに放ったはずの刃は彼の肉体に受け止められたのだ。
いや、肉体と言うべきかどうかすら怪しい所だろう。
その輝々と煌めく、魔力を収束させた肉体は。
「どうした。終わりか}
紅蓮の刃はゼルの首元を狙い、振り抜かれる。
然れどその一撃は彼の薄皮一枚裂けずに制止させられた。
止められたわけでも防がれた訳でもなく。
ただ、彼の煌めきによって、だ。
「次はこっちの番だな}
スズカゼの腹部に鋭利で重鈍な衝撃が奔る。
たった一撃、踏み込みも無く腹部を撃ち抜いた拳は彼女の全身から反応を奪うと同時に魔力すらも奪い去った。否、魔力すらも消し飛ばした。
その殴打により絶息した少女は刹那の停止と刹那の悶絶を見せるが、それで止まるはずもない。
彼女はゼルではなく、地面に斬撃を放ち業火で辺り一面を燃やし尽くす。
所詮は目眩まし。ゼルの頭髪一本焼き切る事は出来ないが、後方へ撤退できればそれで良い。
ゼルの肩を足場に空中へ跳躍。二回三回と回転し、そのまま軽業師のように壁へ降り立ち、地面に着地した。
傷は浅い。腹部への一撃も踏み込みが無かったせいか、衝撃を伝える程度の物だ。
だがあの煌めきは何だ? 自身の一撃を通さないあの煌めきは。
防御魔法の類いではない。魔法であれば自身の一撃が吸収する。
ならば、あの煌めきは魔力の類いではない。
ーーー……いや、或いは紅蓮の刃ですら削りきれない程に圧縮された魔力だと言うのか?
「戦闘中に思考とは余裕だな}
物言わぬ少女を追い詰めるように、男は一歩を踏み出した。
周囲に残る焔は彼の歩みと共に消え去り、塵芥と化していく。
まるで煌々と輝く光に自身の灯りは相応しくないと、頭を垂れるように。
「慟哭する間もなく、逝け}
その姿は幻影が如く消え失せ、世界から消失する。
否、世界の狭間を進み、零と一の隙間を歩む。
スズカゼの視界から、認識から、理解から。
彼は姿を消して、歩む。
{…………?}
何が起こったのか。
自身の知識にあるゼル・デビットという男は純粋な剣士だ。
いや、義手の点を除けば例外もあろうが、剣を使うと言う点において変わりはない。
幻術など彼が嫌いそうな物だと言うのに、それを使うはずなどないだろう。
ならば彼は何故、どうやって、消えた?
{ーーー……っ}
振り返ろうとしたわけではない。前進しようとした訳でもない。
ただその場に居ただけなのに、自身の身体は前方へと吹っ飛んでいた。
背中を殴られ、その反動で壁に向かってた叩き付けられそうになっているのだ、と。
そう気付いたのは、壁面へ顔面を突っ込ませた後だった。
{ガァッ……!?}
全身の骨肉が躍動し、撥ねる。
骨が撥ね肉を裂き、肉が裂かれ血管が千切れ、血管が千切れ肌が割れる。
連動するかのように臓腑は破裂し、壊れ逝く全身に黒紅を溢れ出させた。
飛散する瓦礫は周囲に石礫を撒き散らし、石礫は紅色を纏って地に転げ落ちる。
たった一人の少女は壁面を埋め尽くす程の黒紅を撒き散らし、その瓦礫に身を沈めたのである。
「殺しきれなかったか。……まぁ、良い}
確かな踏み込みの元、彼女の背面に拳を放った男は静かにそう述べる。
頬に飛散した骨の破片は皮膚の欠片、紅色は既に煌めきの元で蒸発しており、跡形もない。
それでも彼は既に消え去ったそれを鬱陶しそうに拭い去り、舌を打った。
「今から殺しきれば問題はない}
眼に慈悲は無い。
男は既に、皆が知るスズカゼがスズカゼでないように、彼は彼で無くなっていた。
[殺戮殲滅]たる所以を未だ発動していないにも関わらず、その身に宿る殺戮と殲滅の欲望が彼を埋め尽くしているのである。
最早、保護など眼中に無い。眼前の化け物を殺すべく拳を振るうのみ。
その[殺戮殲滅]の衝動に全てを任せ、狂い殺すのみ。
「全く。そんなのだから迂闊に使うなとメイアウス女王に釘を刺されるのですよ」
煌めきを放つ男の背後に、一本の銀槍が奔る。
彼はそれに視線をくれることすらせず、ただ輝きの元に滅砕した。
今のが揺動である事は言葉にせずとも知れており、何より興味がない。
高が槍一本、刀剣一本で何が出来るとーーー……。
〔光は空を貫き太陽を喰らう。陽の光すらも焼き尽くす天光は咎人の証〕
中途半端な挑発はゼルの自身に対する興味を無くす。
それこそが、バルドの狙いだった。
中途半端な挑発に興味を無くす故に、その方向には目もくれない。
ならばそれを利用し、目もくれない場所に彼女を配置すれば良いのだ。
〔鎖を溶かせ。鉄球を貫け。その光は万物を滅する白が如く〕
煌鉄の剣帝の特性は単純である。
義手に封印した魔法石の完全解放による、自身への魔力収束。
極度に収束した魔力はそれ自体が鎧となり武器となる。
闇雲に斬ったのでは収束した魔力を斬れるはずもなく弾かれるのがオチ、だが。
一転収束の魔力をぶつければどうだ? 本来、極度に圧縮した魔力をさらに収束してぶつけたのならば。
〔真螺卍焼〕
気付いた時には既に遅い。
ゼルの腹部を貫く、白銀の一撃。
極度に圧縮した炎はゼルの鎧を容易く打ち破り、臓腑を焼き尽くす一撃を放ったのである。
彼の魔力吸収より、魔力蒸発よりも疾い、収束された白炎の一撃。
「これで終わりだーーー……ッッ!!」
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