鉄は自嘲する
《地下図書館・第百八十七書物庫》
「おォォォオオらァアアアッッッ!!!」
瓦礫すら破砕する強靱なる一撃。
義手の部分的解放による加速と刃による斬撃は人体を両断するに充分な一閃。
然れど、その刃は届かない。
ゼルの刃は、スズカゼには届かない。
{…………}
身軽などと言う次元ではないのだ。
ゼルの刃は横凪の一閃。刃先にでも触れよう物なら巻き込まれ、全身を切り裂かれる一撃。
にも関わらず、少女は悠々と回避した。
自身の身体二つ分を両断し得るであろう、斬撃を。
「クソッッ! どうなってやがる!?」
明らかに異常な身体能力だ。
回避系か超感覚系の魔法でも発動していない限り、有り得ない身体能力。
斬撃の一つを放つよりも前に、それを予測し回避するという異常性。
眼球すら動いていなかった事を見ると、空気の流れと音から判断しているのだろう。
……たったそれだけで、本気の斬撃を躱せるはずはないと言うのに。
「お前は何だ!? お前は何者だ!? お前はーーーーッッ!!」
{…………}
自分の知っているスズカゼ・クレハでない事は明らかだ。
確かに彼女も異質なまでの身体能力と剣術を有してはいた、が。
それはあくまで人間程度の話。身体能力内部での話。
ここまで超越した力を持っていたはずなど、無い。
そして、何よりも。
この膨大過ぎる、肌身を焦がすほどの魔力は何だ?
「チィッッ!!」
ゼルはスズカゼの腕へと一閃を放つ。
最早、彼にとって彼女を無傷で捕らえるという選択肢はない。
腕の一本、二本。最悪は四肢をもぎ取ってでも。
この小娘は止めなければならない。
{……}
少女は紅色の衣に斬撃を擦らせる事もなく、容易に回避した。
ここまではゼルも想定内。いや、むしろ狙い通り。
少女は彼の斬撃を左方に回避するだろう。予測しているからこそ、そう回避する。
そして、そこで左方に回避した彼女を迎えるのは自身の腕。
何の装甲も魔法も施されていない素手だがーーー……、小娘の片腕程度、容易く砕く事は出来る。
{…………}
出来る、はずだった。
剣を振り抜いた義手による加速で身体自体を前進させ、腕に全体重を掛けての特攻。
回避した少女はその腕に対し、斬撃などの迎撃を行わなかった。
そもそも腕が既に数センチとなく迫っているのだ。そこに刃を滑り込ませることは出来ない。
だから、相手の脇腹を斬った。
「ぐがッ!?」
何と言う事はない。
腕を斬れないなら、その付け根を斬っただけの話。
無理な体勢故に傷は深くないが、それでも痛みは痛み。
ゼルに刹那の隙を作り、回避する時間を稼ぐには充分過ぎる痛み。
「テメッ……!!」
少女は既に男から数十メートル近い距離を取っていた。
ただの回避でここまで動けるはずもない。跳躍したと言うのか?
だが、そうだとすればーーー……、彼女は跳躍と同時に斬撃を放った事になる。
そんな事、人間に出来るはずが……。
「……人間?」
そうだ、思い出せ。
あの小娘が感覚の鋭敏化を持っていたのは何故だ? どうして、そこまで反応できた?
いや、そもそもあの小娘が連れ去られた理由は何だ? ……そう、仮定が間違っているんじゃないか?
待て待て待て待て待て。どうなっている!? 何が、どうなっている!!
「何がーーーー……ッ!!」
一つの鍵を解いた事により、全ての鎖は外れゆく。
仮定から間違っていたのだ。眼前の小娘が洗脳だ何だと、そんな物を受けたのだろうという仮定が。
スズカゼ・クレハを捕縛したのは彼女という存在の為であるという仮定が。
相手が[霊魂化]を知らないという、仮定が!!
「精霊化したのか…………!!!」
そう考えれば全ての辻褄が合う。
理性の崩壊、身体能力の異常強化、膨大過ぎる魔力。
全て精霊に当て嵌まる条件だ。全て、精霊が有す条件だ。
人の命令を聞く使霊である精霊には理性が無い。
戦闘面だけでなく生物的に超越した精霊の異常な身体能力。
そして魔力の権化である精霊ならば魔力量が異常なのも必然。
[霊魂化]の異常促進による、精霊化。
恐れていた事態が、時の隔たりと共に風化していたはずの事態が、実現してしまった。
〔嗚呼、灯き日よ、暗き月よ〕
ゼルの全身を削る、警告音。
脳髄の真堆から弾き出される感覚は彼に死の恐怖を覚えさせた。
幾年振りだろう。こんな恐怖は。
幾年振りだろう。眼前の相手を殺さねばならぬと刃を抜いたのは。
抜かざるを、得なかったのは。
「鉄縛装・解除」
腕だけで済ませるだの、足だけで済ませるだの。
そもそも、そんな考えが甘かったのだ。
生かして捕らえるのは不可能だろう。いや、違う。
奴は既に死んだと考えるべきだ。もう既にスズカゼ・クレハはこの世に居ないと。
そうでも考えなければ、本気で斬り殺せるはずもない。
防衛本能を残しておこうと決断して置いた自分だからこそ、本気で斬れはしないのだ。
だが、それは同時に……、自分が斬らなければならないという決意でもある。
「馬鹿野郎が」
こんな狭い場所で天を切り裂く輝鉄の剣王など使おう物なら、一切合切全てが瓦解してしまうだろう。
あの小娘……、いや。
あの化け物も生き埋めに出来る代わりに、自分とバルド、ファナも生き埋めになる。
未だ地下を彷徨っているであろうジェイドとメタルも同様に。
ならば被害はこの室内で抑えなければならないだろう。
出来るだけ小さく、より緻密に。
眼前の敵だけを滅殺する為にーーー……。
「……使うしかねぇな」
熟々、思う。
自分は何と馬鹿なのだ。自分は何と疎かなのだ。
平穏に身を伏していたのは自分だ。何の警戒心も無く日々を過ごしていたのは自分だ。
スズカゼの勇気もジェイドの葛藤もリドラの決意もーーー……、ずっと近くで見てきたというのに。
自分はそれらを何一つ理解していなかった。理解しているはずもなかった。
馬鹿は自分だったのだ。誰かに決意を押しつけて、自分はいつも高みの見物。
そんな事が許されるはずもないのに。
「……馬鹿は俺、か」
どうして、こんな所なのだろう。
どうして、こんな所でまたこの技を使わなければならないのだろう。
どうして、こんな所で自身への[ツケ]が回ってくるのだろう。
どうして、どうして、どうしてーーー……。
{ーーー……異なる双対の存在を無二の焔とせん}
少女の詠唱が終い、塵芥を喰らうが如く魔力を収束していく。
紅蓮の刃は狂嘆に震え、嗤うかのように鞘を打ち鳴らし。
死の焔は彼女の元に集い、紅蓮の牙となりて全てを穿つ無二と化す。
〔天陰・地陽〕
跳躍と共に正道の構えを取り、少女は闇に紅蓮を轟かせる。
標的は鉄の腕を抑えるように立つ、一人の男。
その表情には困惑と嘲笑が入り交じっており、こちらに意識を集中させていない事は一目で解った。
容易い、殺すのは如何にも容易い。
その柔首を撥ねてやろうと言わんばかりに、少女は何の迷いもなくーーー……。
「ーーー……煌鉄の剣帝」
その言葉は全ての開始を意味する。
その言葉は全ての殲滅を意味する。
その言葉はーーー……、全ての[殺戮殲滅]を、意味する。
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