漆黒と破壊の獣
《地下図書館・第二実験室》
「ハハハハハハハッッッ!!!」
轟音が鳴り響き、漆黒は宙を舞う。
四肢を食い千切られるほどの衝撃にも関わらず、その漆黒は尾を引くように反転、天井の残骸を蹴り飛ばした。
空中で反転し、銀の刃を持ちて自身に向かい来る漆黒。
デモンはその漆黒相手に退くことも防ぐこともせず、ただ鋭利な刃を携える豪腕を握り締める。
「良いねぇ」
ただの雑魚程度なら今の一撃で天の藻屑だ。
にも関わらず、あの男は天井にぶら下がる瓦礫を足場として反転、加速して自分へと向かって来る。
こうでなくてはならない。戦闘は、こうでなくては。
「最ッ高だァアアアア!!」
振り抜かれる豪腕は空圧で天井を瓦解させる。
その中間に居た漆黒は何の防御も出来ず吹っ飛ばされている、はずがない。
空中の自由落下の際に身を捻った彼は既にデモンの隣に着地していた。
相当な距離から着地したにも関わらず受け身は一切取っていない。
次の攻撃を行うために、一切の受け身を取っていないのである。
「一閃、穿つぞ」
両足の衝撃が血肉を揺るがすよりも前に、漆黒は、ジェイドは一撃を放つ。
狙いは頸動脈にあらず。その剛健なる筋肉に覆い尽くされた腕。
ジェイドは初撃の結果を持ってして一撃必殺を視野から外したのだ。
頸動脈を確実に切っても、この男は異常な身体能力で塞ぎきる。
ならば如何に遠回りであろうとも確実に殺せるであろう手を取るべきだからだ。
「穿てるわきゃァ」
腕を奔る斬撃。
皮膚を裂き、血管に傷を付け、筋肉に遮られる一閃。
確実に関節の駆動部を狙ったにも関わらず、彼の斬撃は何の防御魔法も強化魔法も咥えられていない獣人の腕に防がれたのだ。
「ねェだろォう!!」
振り払われた豪腕は剣を弾き飛ばし、追撃するように鋭爪という刃がジェイドの喉元を襲う。
空圧ですら薄皮膚を裂く一撃。然れどジェイドは回避の様子を見せはしない。
狙い通りの一撃なのだから、必然。
「穿つのは肉にあらず」
剛健なる豪腕に絡みつく闇。
流れるように勢力は乱され、地へと向かう。
鉄塊すら破壊するデモンの一撃は、明らかに無理な駆動を持ってして地面へと導かれたのだ。
自身の勢力によって骨々を砕き、その破片で内部より肉を裂く。
ジェイドは所謂、柔術によって彼の腕を捻り落としたのだ。
最初の一撃も殺気も、この為の虚偽。
「がッ……!?」
片腕を駆け抜ける激痛。
常人ならば発狂しかねないそれも、デモンにすれば指一本飛ばされた程度。
然れども隙は隙だ。ジェイドは衣服の裏より小型の刀剣を取り出し、それを彼の眼球へと突き立てる。
如何に皮膚が堅牢であろうと、如何に肉が強靱であろうと。
眼球という急所を防ぐのは瞼だ。皮膚程度の厚さしかないそれならば小剣でも貫く事は出来る。
そう、相手の隙が持続されるのならば。
「カハハハ」
眼球手前、指と瞼が接触するほどの距離。
デモンはその距離でジェイドによる一撃を制止させた。
折れた腕をぶら下げながら、無事な腕の指で刃を防ぎ。
その男は、嗤う。
「ハァーーハッハッハッハッハ!!!」
螺旋を描く筋肉の躍動。
微かに、それこそ爪先ほど腕を短くして、肉で穿たれた骨の部分を埋める。
超回復だとか時間再生だとか、そんな高尚な物ではなく。
ただ単に、埋めたのだ。
「さて、と」
幾度か動作を確認するように、彼は掌を握っては閉じる。
未だ眼球に刃を突き付けられている状態だと言うのに、一切焦燥を見せる事もなく。
ただ平然と、確かめる。
「お前、アレだ、元暗殺者だろ。戦い方が完全に殺す為のそれだ。戦争中は稀に見かけたぜ。ここまで昇華されたのは久しいがな」
「……解るか、流石に」
「そりゃ、初っ端で脈狙ってきて挙げ句にゃ確殺戦法だぜ? 気付かない方がおかしいっつーの」
「そうか。ではその先も解るだろう?」
「あぁ、二の手があるってのはな」
「残念ながら少し違うな。二の手ではない」
デモンが指先で押さえる刃が微かに動き、刃は斜めを向く。
指の束縛から抜けた訳ではない。単に少し動かしただけなのだから、状況が変わったわけでもない。
然れど、デモンは全身に恐怖を感じると共に心底から悦楽を享受していた。
この男の目。包帯に巻かれ片方を失っていると言うのに、この男の黄金の瞳は輝きを失っていない。
いや、違う。今輝いたのだ。漆黒に浮かぶ月光が如く。
黄金の光を今、その深淵に宿したのである。
「初手だ」
デモンの鼻先をくすぐる塵。
それが瓦礫の破片であること、自身の頭上から振ってきた事は瞬時に理解出来た。
だが、自分とジェイドの頭上に、自身達を圧砕するのに充分な瓦礫が落ちて居ていて。
それをジェイドが初手の空中反転によって引き起こした物だと理解するには、数瞬を要した。
「マジかよ」
「マジだ」
互いに回避行動を取り、彼等は弾き合うように跳躍する。
だが、その一手すらもジェイドの狙い通り。
まさか瓦礫が綺麗な正方形のはずもない。弾かれたように飛んだデモンの方が、微かに長かった。
幾ら超人、否、超獣的な身体能力を持つデモンでも判断を下すには余りに短すぎる刹那。
その事に気付いたのはジェイドの上に陰りが無く、未だ自身が陰の中に居るのを瞳に写したが故に。
「……最高だぜ、お前」
「そうか。失せてろ」
轟音と共に瓦礫が落下し、余りに重圧な岩盤がデモンの姿を消し去る。
崩壊の中に崩れ逝き、破壊の中に破れ去り、滅壊の中に滅し終う。
土埃を吐き出す豪風を背に受けながら、ジェイドは静かに踵を返した。
久方振りに死を覚悟したのだから、少しぐらいの感傷に浸りたい。
が、それが許されるはずはなく、許されるのは進むことのみ。
「……今行くぞ、姫」
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