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獣人の姫  作者: MTL2
聖死の司書
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古き本の紙は紅に染まりつつ


《地上図書館・第四十二書物庫》


「何かすっげぇ音したなぁ……」


本棚の側をこそこそと歩くメタルは、足下を揺るがす轟音に怯えて背を縮込ませていた。

今、自分はこの巨大な図書館の中でスズカゼを探している……、と言えば聞こえは良いが、実際はリドラの残した手掛かりを元に敵のアジトを突き止め、各自が手分けして乗り込んだに過ぎない。

余り方向感覚のない自分からすれば、こんなのは無闇に歩き回っているような物だ。

四大国を敵に回すような組織相手に、無闇な散策を行うなど無謀にも程がある。

とは言え今更戻る訳にもいかないし、こうしてこそこそと歩くばかりという訳だ。


「どうするんだよぉ……。俺、勉強とかしてたら頭痛くなるっつーのに、何で本ばっか見にゃならねぇんだ……」


ブツブツと文句を言いながら、彼は周囲の本に視線を移してみた。

魔力回路研究書だの精霊に関する見解だの、訳の解らない本ばかりが並んでいる。

これを書いた奴はどういう頭をしているんだろうか。……とんでもない頭をしているんだろう。

全く、こんなのを書く連中が四大国に喧嘩を売ったというのだから世の中何が起こるか解った物じゃ……。


「っとと」


彼が思わず前のめりになったのはその足に本が当たったからだった。

地面に落ちていた本に躓いて転びそうになったのである。こんなに本があるのだから一つぐらい落ちていても仕方あるまい。

とは言え、整理しないのは気に食わない話ではないか。自分の知る人物は幾ら変態で性欲は整理できていなくても本はしっかりと整理しているのに。


「あれ? 外した」


何処からともなく聞こえてくるその声に、メタルは視線を上げる。

何という事はない。ただ、誰が喋ったのかと思って上を見ただけだ。

だが、その行為が彼にもたらした結果は頬への斬痕という、生々しい物であった。


「痛ッ!?」


決して深くはない傷だ。大丈夫、致命傷などではない。

だが、同時にそれは致命傷にはならなかった、というだけの話。

もし本に躓いてなければ首筋を掻っ切られていただろう。頬を伝うのは一筋の紅色ではなく、幾多の散り華だったはずだろう。


「ど、何処からっ……!?」


メタルはまず、その光景をどう形容すべきか悩んだ。

壁から、具体的には巨大な本棚から枝木が如く腕が生えていて、それが切っ先を紅色に塗らした刃を持っているのだから。

一目見ればその光景が如何に悍ましく如何に珍妙であるかが解るはずである。

彼は一度二度と口を開けては閉じ、閉じては開けて再び閉じる。

唖然としている暇は無い。ここは敵地だ、襲撃は当然だろう。

相手の姿が如何に悍ましく珍妙であれども、敵であるのに違いはないのだ。

ならば相手取ろう。恐らくはこの珍妙な様子からして相手は幻術士。

本体があの本棚に隠れていて腕だけを出しているに違いない。

あの本棚は木製だ。そして中身は本という紙の束。

火を放ってやりたい所だが、自分まで蒸し焼きになってしまうので駄目である。

ならば紙束程度、自分の一撃で切り裂いてやれば良い。

未だ動く様子はないし、ここは一発ーーー……。


「悪いけど、貴方まで[保持メンテ]する理由はない」


メタルの腹部を貫く刃の斬撃。

彼は胃奥から大量の血液を押し上げ、唇端から静かに伝わせる。

それを追うように大量の紅色が床に落ちていた本に掛かり、その表紙を真っ赤に染め上げた。



《地下図書館・第二通路》


「やれやれ、無駄に広いと苦労する」


階段を下りながら、顔に笑みという仮面を貼り付けた男は静かに吐息を漏らした。

自国の城も他の事は言えないが、それにしても如何せん広大過ぎるのではないか。

既に数時間は歩きつめているような気がする。体感時間なので確実とは言い切れないが遠からずではあるはずだ。


「おっと、また靴が濡れた……」


流石に上で処分するのは止めて置いた方が良かっただろうか?

退路確保と士気低下の為に磔として置いたのだが、それが逆に血を多く流しているようだ。

積み上げた方が良かっただろうか? いやいや、それは逆に退路を防いでしまうし……。


「はぁ、帰ったら洗わないとね」


階段を下り終え、バルドは曲がり角に差し掛かる。

彼の紅色に染まった革靴が角から少しはみ出て微かな音を鳴らす。

そのまま身を前に乗り出そうとした、その刹那。

バルドは掌に魔力を収束すると共に槍を召喚し、曲がり角に全力で突き付ける。

曲がり角から生えてきた手はそれに応対して掌という咆口を突き出し、バルドの顔面へと向けた。


「…………」


「…………」


首元に槍が、額に掌が。

互いにあと一動作で殺せる状態となり、静寂が訪れる。

どちらが先に動くか、とか。どちらがそれを回避出来るか、ではなくて。

単純に相対した相手故の反応。


「うーん、もう少し早く出来ませんか? ファナ」


「……申し訳ありません」


彼等は互いに矛を収め、並び会う。

バルドとファナ。共に散開して捜査に当たっていた二人だが、如何せんこの途方も無い広さの組織だ。こうして何周かして遭遇することもある。

それを一々口に出すこともなく、二人は延々と続く廊下を再び歩き始めていた。


「どう思うかな、ファナ。この組織」


「広過ぎます。戦前から存在しているとは言え、一組織の規模ではない」


「その通り。さらに言えばこの情報の貯蔵量も異質過ぎる節が……」


二人の背筋を伝う[何か]。

バルドはそれが何か即座に理解したが、ファナは刹那だけ理解を拒む。

知っている。体験している。理解している。慣れ親しんだその[何か]は常に隣り合わせだった物だ。

それ故に恐ろしい。それ故に恐れている。決して遭遇すべきではない、と。


「……構えますか。少し、相手が悪そうだ」


「了解……!」



読んでいただきありがとうございました

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