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獣人の姫  作者: MTL2
聖死の司書
344/876

一冊の記録書

《地下図書館・第二実験場》


「よ、ほ、はっ」


少女の掛け声に合わせ、通気口の金格子がひん曲がっていく。

やがて四回目の掛け声が彼女の口から飛び出すと同時に、金格子は第二実験室の中へと落ちていった。

地面と衝突した事により金属音が反響し、決して狭くない実験室の中に響き渡る。

数人の白ローブを纏った者達は一斉にその金格子へと視線を向け、緊張の余り口を完全に噤み込んだ。


「……お、落ちたのか。誰か修理班を」


そんな中、緊張を誤魔化すように一人の白ローブが半笑いの声でそう言った。

皆は連られるように半分笑いながら私が行ってこよう、いやいや私がと口にするが、その声は段々と減っていく。

最後の一人が妙に思いながら周囲を眺め、目にしたのは倒れゆく仲間の姿だった。


「ひ」


「はい眠っててくださいねー」


枯れかけの風船から一気に空気を絞り出すような音。

それと同時に男の意識は真っ白から真っ黒になり、遠い過去に思いを馳せる。

流石に走馬燈見るほど強くしてないよね? と不安げな確認をしながら、少女は軽く首を鳴らして周囲を確認する。

……やはりここにも魔炎の太刀は無い。今まで通過してきた幾つかの実験場の中で一番大きいから少し期待していたのだが。

しかもその上、女性が一人も居ないとは何たる事か!!


「くそ、こうなりゃ更衣室にでも忍び込んで……!!」


狼がじゅるりと涎を拭こうとした時、その視界に幾多の本が並ぶ棚が映った。

まぁ、何と言う事はない。景色の一つ。有象無象の一つ。

本来なら少し気になった程度で過ぎ去り、また通気口に入る、はずだった。

少女は何故だかその本棚へと歩み、一冊の本を抜き取ったのだ。

実験記録と有り触れた文字の並ぶ、その本を。


「……[忘却すべき彼方で私は見た]」


見慣れた字だった。

いつだったか、別荘の書斎で見た字。

その字がリドラ・ハードマンの物であること、そして冒頭にある絵がサウズ王国近くの荒野を示している事は直ぐに解った。

絵は彼が描いたのだろうか。それとも、他の誰か?

こんな物悲しく、何も無いような絵を。

猫のように丸まった背中が余りに悲しい絵を、誰が描いたのだろう。


「[全てが枯れ果てた大地。生物の吐息一つ聞こえない空。我々はこんな物を研究しようというのか。人と化け物の境界線を取り払った、化け物を]」


少女は文字を指でなぞりながら、それを読み上げていく。

一文字一文字が丁寧に、いや、丁寧すぎるぐらいにしっかりと掻き込まれている。

記録に残すのではなく、記憶に刻みつけるかのように、しっかりと。


「[私は司書長ライブラーに進言した。これ以上研究すべきではない、あれは余りに危険だ、と。しかし司書長ライブラーはその皺だらけの顔を変える事は無かった]……?」


皺だらけの顔?

自分が見た司書長ライブラーはあの少女だったはずだ。

顔に皺なんて無かったし、逆にぴっちぴっちのぷるっぷるだったはずだろう。

……交代したのか? 皺だらけなど、今まで研究者スタウマンと呼ばれた老人しか居なかったが。


「[四天災者という厄災に並ぶほどの恐怖だ。あの者達は異常なのだ。余りに異常過ぎる。人間ではないからこその、恐怖だろう。我々は関わるべきではない。関わってはいけないのだ]」


四天災者と並べるほどの恐怖。

彼は、これを著した頃のリドラはそれを強く恐れている。

続く姿こそ見えないがそれは不視の恐怖を煽り立てる、という一節からしても詳しくは解っていないのだろう。

だが、詳しく解っていないのにこれほど恐れるとは何事だろうか。

いったい、何が彼をここまで恐怖させると言うのだ?


「[その後、我々はサウズ王国に協力を申し出たが一蹴された。あの国の女王、四天災者[魔創]ですらアレには関わりたくないらしい。……だが一人、サウズ王国騎士団長ゼル・デビットなる人物との協力は取り付けられた事を喜ぶべきだろう]」


おっと、まさかこの名前をここで見るとは。

ゼルが協力した? メイアウス女王が断ったのに?

恐らくは彼の独断行動なのだろうが、これは珍しい。

ゼルの事だから危惧すべき物を直感で感じ取って本能的に行動でもしたのだろうか? 有り得ない話ではない。

と言うかむしろ、その方がしっくり来るようなーーー……。


「退け、邪魔だ」


「あ、すいません」


少女はのそりのそりと歩いてくる老人に道を譲る。

さて、この研究資料を持って帰ってはいけない物だろうか?

かなり気になる事が書いてあるし、何なら帰ってゼルかリドラに確認するのも良い。

……何せリドラなど張本人だ。これを突き付けられて知らぬ存ぜぬで通せる訳はないだろう。

流石にどうしても言いたくないようだったら諦めるが、興味的に是非とも知りたい物だ。


「面白いか、その本は」


「え、えぇ、そうですね。興味深いです」


「そうか。奴も喜ぶだろうよ」


「はぁ」


本棚から一冊の本を抜き取った老人はそれに暫く目を通し、一枚、ページを捲る。

凄い速読力だ。自分もそこそこ自信はあるが、年の功には勝てないという事だろう。

しかし、こんな年齢にもなって眼鏡も無しに本を読むとは流石ーーー……。


「……あれ? 何かおかしくね?」



読んでいただきありがとうございました

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