聖死の司書という組織
「……結局、さっきの子は何だったんですか? 端から見たら完全に姉妹でしたけど」
つい先程まで全力で抱き付いてくる少女を全力で抱きしめていた上、未だ少女の温もりが消えない掌を嗅ぐ少女ことスズカゼは問う。
彼女の視線の先には三つ編みの女性に手を引かれながら、嬉しそうにこちらを見てくる少女の姿があった。
段々と遠ざかる少女を愛おしそうに眺めるスズカゼを見て、デモンは報告通りだな、と肩を落とす。
「ありゃ、司書長だ。あぁ見えて数百年は生きてるらしいぜ。……因みに一緒に居るのは司書長が一人で出歩くと必ず迷うから、らしい」
「ロリババァ!? それも天然ドジっ子!?」
「お前は何を言っているんだ」
「あ、いえ、お気になさらず……」
……いやいや、待て待て待て。
数百年生きて女の子の姿のまま? 確かにそういう人物を一人知っているが、あの人は特別なはずだ。
森から出ないあの人でも[森の魔女]として人々に囁かれるのに、こんなに堂々と人前に出ている少女が何も言われない物なのだろうか?
いや、そんな事はない。あるとすれば必ず噂になっているはず。
しかも司書長? 長という事は一番偉いと言うことでは……。
「……どういう人物なんです?」
「さぁ? 俺もここ来て日が浅いし詳しいことは解んねぇけど、ありゃただの餓鬼だぜ。どうせ数百年生きたっつーのも信者共の妄言だろ」
「信者?」
「何でだか知らねぇけどよぉ。邪神教っつーの? あの司書長を神と崇めてる連中が居るんだよ」
「はぁ?」
女の子を、あんな純粋無垢な子を神として崇め立てる?
……確か、現世でもそんな事件があったような気がする。
純粋無垢な子供を神と崇め立て、裏で狡猾な大人達が甘い蜜を啜る。
魔法も魔術もあるこの世界だ。人がよく信じる奇跡なんてのは幾らでも起こせるだろうし、妄信的になった信者ほど騙しやすい物は無いだろう。
成る程、ならばあの姿も納得がいく。虫酸が走る話ではないか。
「……私の刀、何処置いてましたっけ?」
「誰が言うか。つーか、お前が思ってる程のモンでもねーぞ? マジで妄信的だから司書長に触ることすら、ここじゃ文字通り万死に値するらしい」
「じゃぁ、さっきの三つ編みで地味も悪くないなって思えるほど妙にエロい女の人は?」
「表現に色々と不安があるが、アレは別だな。聖死の司書には五人の幹部が居て、[整理者][研究者][解析者][記録者][保持者]が居る。つっても、今は[解析者]と[記録者]が不在らしいけどな。大戦の名残だとよ」
[記録者]は、サウズ王国に襲撃を仕掛けてきた者達の一人であるワン・チェドスだ。
そして[解析者]は……、自分もよく知る、リドラの事だろう。
「……どういう人達なんですか」
「俺が知ってんのは[整理者]のチェキーちゃんだけなんだが、まぁ、戦闘力皆無って感じだな。元よりこの組織は戦闘を視野に入れてねぇから、俺みたいなのも傭ってるんだろうし」
「戦闘を視野に入れてない? どういう事です?」
「そのまんまの意味だ。ここに居る連中はお嬢ちゃんの華奢腕でも殴り倒せるようなガリ勉野郎ばっかだぜ。まぁ、流石に俺が居るウチはそんな事させねぇけどな」
「いやいやいや、そうじゃなくて。戦闘を視野に入れてない? じゃぁ、何の為にこんな組織が存在してるんですか」
「世界の記録、だとよ」
「……世界の記録?」
「[聖なる死を持って刻まれてきた記録を保持する司書]……、即ち聖死の司書。ここの連中は四国大戦中も、ずっと世界の歴史だの戦いの記録だのを本にし続けてきたのさ」
「……いや、だから。ちょっと待ってください」
記録を残す、と。
この眼前に広がる断崖絶壁が如き本棚を見れば、その膨大な量は解る。
恐らく、嘗ては編集者を目指していた自分が人生の中で呼んできた本の数万、数億倍はあるのだろう。
そんな数を纏めてきたとなればどれだけの時間、どれだけの人員が必要だったのだろうか。
今、自分の視界に映っている何倍のーーー……、とかはどうでも良い話だ。
今問題なのはそこではない。
「滅ぼされる必要あります? それ」
「無いよなぁ」
話に聞いただけでも、と言うかデモンの反応からしてもそうだ。
記録を纏める? 本にする? たったそれだけで滅ぼされる理由が何処にある。
歴史を纏めるのは古来より人が行ってきた軌跡の行為だ。
サウズ王国でもジェイドに歴史の授業を受けた事はあるし、何ら妙な事ではない。
そう、歴史は現存しているのだ。逸れもごく当然に、ごく普通に。
だとするのなら、それを纏めていた組織が潰されるという話が妙なのは嫌でも解る。
しかも四大国大戦中だ。各国を相手取らなければいけない状況で、そんな組織を敵に回すだろうか?
敵に回すどうこう以前に、そんな組織を潰す余裕があったと言うのか?
「……解りませんねぇ」
「解らないよなぁ」
二人は首を傾げ、共に唸り声を上げる。
そんな事を数回繰り返し、やがて司書の一人が本を落としそうになって頃。
スズカゼは気付いたように天井を見上げて、呟いた。
「私、何処に行くんでしたっけ」
「あ、忘れてた」
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