灯火の舞うその場所
【聖死の司書本部】
《地下図書館・司書長私室》
――――――ここは、何処だろう?
酷く懐かしい。それでいて、酷く恐ろしい。
体の底から何かが這いずってくる気分だ。足下から何かが這い上がってくるような。
今すぐ全てを振り払いたい。全てを無に帰したい。
だと言うのに体は動かない。自分の中を何かが這い回っている。
ゆるりゆるり、緩やかに自分の体を浸食している。
白い紙に黒のインクを垂らしたように、緩やかに。
「豊胸手術ッッ!!!」
訳の解らない言葉を叫びながら飛び起きた少女。
それこそ背中にバネでも付いているのではないかという勢いで一気に飛び起きたのだ。
刹那、彼女の頭蓋に凄まじい衝撃が走る。
頭の上に煉瓦でも落ちたのかと思うほどの衝撃。
大凡、頭蓋骨を粉砕するには充分だろうと思えるほどの衝撃。
少女が頭を抑え苦痛で悶えながら転げ回るには充分過ぎる、衝撃。
「~~~~~~~ッ!」
「痛ぇっ……!!」
頭を抑えていたのは、獣人だった。
バルドを咆吼で吹っ飛ばし、[沈魂歌]ことソーンを一瞬の内に屠り、スズカゼをサウズ王国から連れ去った獣人。
デモン・アグルスその者だった。
「おま、起きて早々頭突きとは予想外過ぎんだろ……!!」
「すいません……! あったま痛ぇッ……!!」
二人が互いに悶えて数十分。
漸く痛みが治まってきた頃に、スズカゼは額を抑えつつ頭を上げた。
彼女の視界に映ったのは、まぁ、一言で言えばライオンだ。
久方ぶりに現世を思い出したような気がすると考えながら見ても、ライオンだ。
ここまで獣っぽい獣人を見たのも久し振りな気がする。ハドリーも腕は鳥その物だが、顔は殆ど女性だし。
「……えーと」
「おぉ、俺はデモン・アグルス。ここで傭兵やってる」
「あー、デモンさん。何で私はここに? 記憶が無いんですけど」
「そりゃそうだろ。俺が攫ってきたんだから」
「あぁ、そうだったんですか! いやぁ、参ったなぁ。はっはっは」
スズカゼは高速で刃を振り抜き、迷い無き一閃をデモンの首へ放つ。
筋肉という鎧で固められていようとも防御不可能な紅蓮の一撃。
その一閃はデモンの首を撥ね、純白に近い部屋の中を刃と同じ紅蓮に染める。
はずだった。
「……あれ?」
「いや、刀取り上げるに決まってんだろ。そんなモン持たせるかよ」
少女は空っぽの掌を握り締めては開き、開いては握り締める。
そんな事を数回繰り返した内にぐーっと背筋を伸ばし、にこやかに呟いた。
「あ、助けが来たら起こしてください」
「いやいやいや寝るな寝るな寝るな」
「だってもー、どうしようもないですもん。私、基礎的な体術は出来るけど貴方みたいなの相手に勝てるワケないしー。太刀あったら話は別ですけどぉー……」
「数ヶ月前の報告にあったのは少し腕の立つ少女、だったんだがなぁ。まぁ、良いや。俺達の目的もそれに近いしさ」
「それ? どういう事です?」
「ちょっと人間の壁超えてみねぇか? お嬢ちゃん」
《地下図書館・廊下》
「おぉー」
少女は思わず感嘆の声を上げていた。
断崖絶壁が如く聳え立つ、山のような図書。
空を飛びながらそれを整理、或いは熟読している黒や白のローブを纏った者達。
そして彼等の手元を明るく照らす、これまた空飛ぶ蝋燭。
薄暗い部屋を星々が如く照らすその光は、例え少女でなくとも感嘆の声を上げる程の物だろう。
彼女はそんな光景に心を躍らせながらも、自分の置かれている状況を思い出して軽く咳付いた。
「ここが、聖死の司書本部ですか」
「まー、そうだな。大戦前に使ってた所を再利用してるらしいぜ」
「へー」
いやいやいや、と。
何を普通に観光気分で話して居るんだ、と少女は自分の頬を張る。
今、自分は誘拐されているのだ。この男に、延いてはこの組織に。
普通に考えればサウズ王国への襲撃さえ、この組織が企画した物だろう。
ならば自分はこの組織を滅するべき……、ではあるのだが、流石にこの規模を一人で相手取るには無謀過ぎる。
となれば自分は救助を呼ぶか、救助を求めに脱出するかのどちらかだ。
「すっずっかっぜっおっねっぇっちゃーーーーーーーーーんっっ!!!」
そんな悩みに眉根を寄せていたスズカゼの脇腹に突撃してくる、一人の少女。
手足の縄と鎖をびーんと最大まで広げながら、スズカゼの脇腹を見事に頭突きで打ち抜いたのである。
少女の頭突きを受けたスズカゼは二転、三転の後に本棚に激突。
聖死の司書達がざわめくほどの衝撃を本棚に与えたのだった。
「おー、元気元気。子供はこうでなくっちゃなぁ!」
「何をケラケラ笑っている、馬鹿者め」
デモンの隣に立つ、数冊の本を胸に寄せる女性。
彼女は深緑の長髪を三つ編みで纏め、小さな眼鏡を目元に掛けている。
全身をローブで覆っているせいかその四肢が解りやすく浮き出ており、何処か扇情的だ。
その女性を見るなり、デモンはにかっと牙を見せて彼女の肩に手を伸ばした。
「チェキーちゅぅわぁーん! 元気してたぁー?」
「うるさい、馬鹿め。この馬鹿め」
「馬鹿馬鹿言わないでよぉー! そんなのじゃ地味美人が台無しだぜ? チェキー・ゴルバクスちゃん?」
「だから黙れと言っている。この馬鹿め。私を呼ぶときは[整理者]と呼べ。馬鹿め」
チェキーと呼ばれた女性は長い三つ編みを翻し、スズカゼに飛びついた少女の元へと歩いて行く。
彼女へ嬉しそうに頬を擦り付ける少女は、そのチェキーの接近を感知してか、お気に入りの人形を離さない子供のように頬を膨らませてスズカゼを抱きしめた。
「行きましょう、司書長。まだ仕事は終わっていませんよ」
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