閑話[知る故に語らい知らぬ故に言わず]
《第三街西部・住宅街》
「何じゃ、若いモンは情けないのぅ」
「いやアンタが異常なんだって!!」
二階建ての建築物丸々一個を持ち上げながら[白き濃煙]のボスである老体は悪態をついていた。
彼に呆れ顔を向けられる若者こと騎士や獣人達は、その異様な光景を前に各々の悲鳴を上げている。
まぁ、当然と言えば当然だろう。つい先日まで自分達の仲間を医療所送りにしてきた男が平然と復興作業を手伝っているのだから。
「えっと、キツネビさん。ごめんなさいね? 復興作業に負傷者の手当まで手伝って貰って……」
「構いませんわぁ。小さな瓦礫を飛ばすだけで良いなんて、隊長みたく復興作業やタヌキバみたく負傷者の手当より楽ですし……。何より雇い主からの願いですもの」
「あ、ははは……。何だか照れますね」
モミジは頬を掻きながら、微かに鼻先を赤くする。
[白き白煙]を正式に雇い入れた彼女は、彼らから見れば雇い主だ。
国家で正式に、という点を見れば非常に大切な客なので従わない手は無いだろう。
片や脅迫してくる客かと思ったら、何故だが急にお得意様になった……、と。
タヌキバがそう混乱していたのに苦笑いしたのはモミジの記憶に新しい出来事である。
「……それにしても、他国とは言え凄まじい被害が出てしまいましたね」
「フフフ、それを当事者の隣で仰るとはモミジ様も中々良い趣味……」
「あ、いえ! そういう意味では……」
「解っていますわぁ。少しからかっただけですの」
扇で口元を覆いながら笑う彼女に、モミジは思わず肩を窄めてしまう。
どうにも苦手だ、こういう人は。自分の流れを掴ませないというか何と言うか……。
いや、それを言えばもう一人似たような人物が居た。
しかし、彼女は相方を止める為にここには、復興作業には参加していない。
未だ傷も癒えず歩くことすらままならない相方を止める為に、ずっと付きっ切りなのだ。
「あの様子は見るに堪えませんでしたわね」
「へっ!?」
「あら、当たってましたの? 小難しい顔をしていたのでそうなのかと思いまして」
「び、吃驚させないでくださいよ……」
……そんなに小難しい顔をしていたのだろうか。
正直、デイジー・シャルダという人物の気持ちも解らなくはない。
自分も嘗ては力を求めた事があった。今のナイフ技術はその賜だ。
結局、それを諦めたのは兄を支えると決心したからなのだけれどーーー……。
もし今、その兄が居なくなったら。それも護ると覚悟した直後に居なくなったりしたら。
自分の心に空いた穴をどうすべきかなど、解らない。
「私達は孤児でしたの」
「え?」
「タヌキバと私は孤児でしたわ。戦時中ですもの。珍しくないでしょう?」
確かに彼女の言う通り、戦争孤児など珍しくもない。
言ってしまえば自分も戦争孤児[のような物]だ。少し違う点こそあれど戦争で親を失ったのに違いはないだろう。
彼女達も同様ならば、進んだ道は違えども根本は同じという事になる。
尤も、どうして今その話を出したのかは解らないが。
「親の名前も解らないような子供の時に、奴隷船の中で物心を持ちましたわぁ。親の顔なんて知らないし、何処で生まれたのかも知らない。ただ、獣人差別もあったあの船の中で私達は初めて出会いましたの」
「それは、何と言うか……」
「あぁ、別に気にすることなんてありませんわ。私達からすれば過去ですから、現在から見れば露ほども気にしていませんもの」
キツネビは懐から煙管を取り出し、葉を詰める。
そこに焔を照らし煙管を吸おうとして、止めた。
隣の女性の事を思ってか、煙を吹く街のことを思ってかは解らない。
それでも彼女は、煙管を吸うことは無かった。
「……隊長と出会ったのは、タヌキバと出会って数日した時でしたわ。とある貴族に一緒に売られた時に、その家の門に入る前に出会いましたの」
「その貴族に傭われて……?」
「いえ、殺しに」
「えっ」
「その貴族がちょっとした業突く張りでしたのよ。ですから隊長が傭われて……。まぁ、これは関係ありませんわね」
彼女は煙管を懐に仕舞い、一度息をつく。
やがて深く息を吐き出した彼女は再びそれを語り始めた。
「門に入る前に購入者が死んだんですもの。私達の主だった男は大層ご立腹でしてね。そこで隊長に突っ掛かった物だから、一瞬で頭が飛びましたわ、物理的に」
「う、うわぁ……」
「まぁ、普通はドン引きですわね。けれど私達は惹かれたのですわ。あの圧倒的な強さに……。だから願った。だから請うた。私達はその時、名も無き白煙の悪魔に魂を譲り渡したのです」
彼女の視線は[白き白煙]の隊長に向けられていた。
名も無き白き悪魔とは、彼の事なのだろう。
確かにヨーラと渡り合い、偶然もあったとは言え勝利しかけたという彼だ。
白き悪魔というのは強ち間違っていないかも知れない。
「……名も無き、というのは?」
「あの人は名前を捨てましたの。彼なりのケジメなんだと思いますわ。だから私達が色々と名付けたんですけど全部断られてしまって」
「……因みに、何と?」
「オジちゃま、パパ、ダンディ、オッサン等々……」
「それはダメだと思います……」
彼女達は互いに微笑み会いながら、手元の水で喉を潤す。
そろそろ休憩時間も終わりですね、と。モミジは立ち上がって大きく腕を伸ばした。
「私が言いたいのはですね、モミジさん。支えの存在なのですわ」
「支え?」
「隊長にとってのケジメ、私達にとっての隊長、貴方にとっての国。……彼女達にとってのスズカゼ・クレハ」
キツネビは歩き出し、モミジに振り向くことなくそれを述べる。
その背にあったのは慈愛と不安と、微かな焦燥。
「支えを持つ人は時に支えとなりますわ。……けれど、支えを失えば崩れるのは容易い。それが支えを持ち、支えようと決心したときならば尚更」
その言葉が誰を指すのか、何を示すのかは言わずとも解っていた。
解っていたからこそ、どうしようもない。キツネビもそれを知っていたから言ったのだろう。
自分が出るべき幕ではないし、自分がどうにか出来る事でも無い。
だからこそ、こんなことを言わずには居られないのだ。
あの姿はーーー……、スズカゼ・クレハの事を知って叫ぶあの姿は。
余りにも、憐れだったから。
読んでいただきありがとうございました




