宴の杯は一縷に集う
《第三街南部・南門付近》
「メイドさん! この薬品はどうですか!?」
「駄目です! それの、もっと薄いのを探してください!!」
第三街南部南門周辺の医療所にてメイドと数人の騎士は薬品を捜索していた。
と言うのも、第三街東部のゼル邸宅周辺で手当を行われている人々に使う薬品がほぼ枯渇してしまったからだ。
この緊急事態ともなれば薬を奪う、基、徴収することすら是が非でもない。
少しばかりの医療知識のあるメイドはモミジの命の元、こうして薬を探しているのだ。
「め、メイドさん……、あれ」
そのメイドに付いてきた騎士の一人が、震える指で南門を指差した。
彼の視界に映るのは全てを喰らう獣が如くぽっかりと開いた、巨大な闇穴。
底すら見えず暗々と広がるそれはメイド一行の背筋を凍らせるには充分な物だった。
「あんな穴が……、っくしゅん!」
「め、メイドさん? 風邪ですか?」
「い、いえ、少し鼻が……」
むずむずとする鼻を擦りながら、メイドは引き続き薬品の捜索を再開するよう声を出す。
今は色々と気になる事もあろうが、大切なのは薬品を見つけることだ。
重軽傷者も多く、薬品が大量に必要な今。
そんな事を気にしている時間はない。急ぐのは、それだ。
「……急ぎましょう。まだまだ、薬品は足りませんから」
《第三街南部・住宅街》
「……う」
女性は目覚める。晴天の元に。
鬱陶しいほど蒼い空は彼女の瞳を染め、その心に僅かながらの隙間を作り出す。
指先から走り来る激痛に脳髄を震わせながら、女性は静かに頭上を見上げた。
見えたのは双丘。余りに巨大で余りに柔和な、双丘。
やがて彼女が自身の頭を支えているのが二つの柔らかい膝だと気付くのに、そう時間は掛からなかった。
「目覚めました?」
「……サラ」
「こんなに、傷付いて」
デイジーの擦り傷だらけの頬。
その頬を愛おしそうに撫でて、サラは微笑んだ。
そこに慈悲の色はない。あるのはただ、哀れみのみ。
「愚かな子……。弱者が強者に憧れたとて、得られる物は嫉妬と失望だけだと言うのに」
「サラ、私は……」
「何も言わないで。何も、言わなくて良いの」
地に濡れ、微かに凝固した髪。
サラはそれを撫でて、口端を落とす。
「デイジー、私達は弱者ですわ。どうしようもなく弱くて脆い、弱者です。山を砕くことも出来なければ海を裂くことも出来ず、空を割ることも出来ない。そんな、弱者」
彼女の表情に笑みは無かった。
慈悲も、哀れみも。……ただ、あるのは。
「けれど」
悲しみだった。
「強者は、弱者にはなれないんですのよ」
山を砕き、海を裂き、空を割る強者。
彼等は弱者に成り得ない。山を歩き、海を泳ぎ、空を眺める弱者には成り得ない。
一つの手を掴もうとも、その手を握り潰してしまう彼等は。
その力を疎み、弱きになることさえ出来ない。
「……デイジー。強くなるのは悪い事ではありませんわ。けれど、良いことでもないのですよ」
デイジーの瞳には、涙が浮かび、やがてぽろぽろと落ちていく。
自分が強いのは誰かを護りたかったからだ。差し伸べられる手を握ってあげたかったからだ。
スズカゼ・クレハという、憧れに追いつきたかったからだ。彼女の手を握り、共に立ちたかったからだ。
けれど、力を得てしまったら。
今の光景はもう、見えないのだろう。
「それは、嫌だなぁ……」
彼女の背中が好きだった。
何事に迷うことあろうとも、進むべき脚は止めない。
そんな彼女の後ろ姿が好きだった。
もっと近くで見たいから、もっと長く見ていたいから。
隣に立とうと、していたのに。
「サラ、私はどうすれば良い……? 私は……、何になれば良い……?」
「何にでも。それを決めるのは他人ではなく、貴方自身ですわよ」
「……厳しいな」
「あら、私が貴女に優しくした事なんてありまして?」
「……あぁ、そうだった」
デイジーは静かに瞳を閉じ、双丘に隠れた蒼き空に思いを馳せる。
隣でなくても良い。近くなくても良い。
その背中をいつか押せるぐらい、支えて上げるぐらいの力を、いつかーーー……。
《第二街北部・北門》
「あ、騒ぎ止みましたね」
瓦礫の上に腰掛けた少女は空を見上げてそう呟いた。
先程まで微かに鳴り響いていた震動は止み、首裏をチリチリと焦がす殺気の嵐も無くなった。
喧騒は、終わったのだ。集結したのだ。
どういう形であれ、どちらかの首が飛んだのだ。
「どうします? デューさん。もう戦いは終わりましたけど」
「……えーと、どっちが勝ったとかいう心配は?」
「いや、普通にサウズ王国側ですよ。負ける理由がありませんし」
「言い切りますねぇ」
少女は立ち上がり、数度首を回す。
さて、ここからは今まで通り面倒な後始末時間だ。
戦闘が終わったとなれば負傷者の手当が必要だろうし、瓦礫の撤去もしなければならない。
いつもなら他国なので放り出して逃げ帰る所だが、今回はそうもいかないだろう。
「デューさん、取り敢えず騎士さん達を運びましょう。重傷者は居ないんですよね?」
「酷くて骨が折れてるぐらいですけど、ちゃんと手当してるし大丈夫ですよ。まぁ、もう一回襲撃でも無い限りは……」
刹那。
スズカゼの足下が瓦解し、黒煙が吹き出し、爆炎が彼女を覆い尽くす。
一瞬で豪炎の中に姿を消した彼女にデューの叫びが届く事もなく。
街々を切り裂く業火の亀裂と爆炎の雨に彼の叫びは掻き消され。
全ては今、始まった。
読んでいただきありがとうございました




