クグルフ山岳へ
【クグルフ国】
《城壁・東門》
「それでは……、よろしくお願いします」
切羽詰まった表情のメメールとメイドの前には、装甲の施された獣車と外套を纏ったスズカゼとファナの姿があった。
彼女等は装甲獣車に乗ってクグルフ山岳に向かう前に、こうしてメメールとメイドの見送りを受けているのだ。
尤も、この場にメタルは居ない。
城壁の東門に来るまでにクグルフ国の人々とも協力して彼を探したが、見つかることはなかった。
結局、痺れを切らしたファナによって出発が断行されたのである。
「行ってきます」
「……ご武運を」
「はい。……この国を、必ず救いますから」
メメールは頭を深く下げ、そして儚げにその言葉を呟いた。
何の力も持たない、ただの太った国長の彼からすれば、スズカゼ達の存在は救世主に等しいのだろう。
だからこそ祈ることしか出来ない。
彼と同じく力を持たないメイドも、また。
【クグルフ荒野】
「ここから、どうするんですか」
装甲獣車の窓から顔を覗かせるスズカゼは、それを運転するファナへと言葉を掛けた。
激走する装甲馬車を運転するファナには凄まじい風切り音で彼女の言葉は聞こえないのか、どうにも反応する様子が見えない。
と言うか、彼女ならば聞こえていても無視しそうなのでどうしようもないのだが。
「……うぅん」
スズカゼは装甲獣車内に体を戻し、苦悩するように唸る。
前回の一件以来、ファナは自分の身辺を警護してくれているし獣人に対する文句も少しだけだが減ったような気がする。
けれど、やはりゼル邸宅でジェイドと擦れ違えば舌打ちするのは変わらない。
どうにも彼女は子供や女の獣人は大丈夫な様なのだが、男の獣人は駄目なようだ。
そうでなくとも、自分自身に対しても余り良い顔をしない事もある。
やはり獣人の姫と呼ばれる自分に対しては、怒りや憎しみがあるのだろうか。
彼女が過去に獣人と何があったかは解らない。
だが、周囲多々が認める程の獣人嫌いなのだ。
恐らく、本当に酷いことガッシャァン!!に違いなガララララ!!何が彼女を変えバキィンッッ!いけれガガガガガガガ!!!
「何か凄い音してますけどォオ!?」
「何か轢いた。問題ない」
「いや問題しかないんですけど!?」
「訂正しよう。何か轢いている。問題ない」
「現在進行形ですかァアアアアア!?」
装甲獣車を轢く黄土色の獣は鳴き声をあげて停止する。
ガラガラと凄まじい音を立てながら装甲車は回転し、内部は激しく震動する。
スズカゼの悲鳴と獣の叫び声が混ざり合い、やがて装甲馬車はゆっくりと停止した。
「……な、何が」
装甲獣車から顔を出したスズカゼの目に映ったのは、車輪の下で地面に埋まるメタルの姿だった。
ファナもそれを確認したようだが、あぁこれか、と言わんばかりに再び前をむき直して獣を宥めている。
彼女からすれば彼はただの道端の石ころでしかないのだろうか。
「……死んだかな?」
「せめて生きてますかって聞いてくれない……?」
「……チッ」
「え、ちょ、ファナ? 今舌打ちしなかった? 気のせいだよね、気のせいだよね!?」
【クグルフ山岳】
《登山口》
「事前に調査しに来てたんですか!?」
「んー、まぁな」
クグルフ山岳の登山口に駐まった装甲馬車。
その外では装甲馬車の窓口に腰掛けたメタルと、その彼の前で周囲を確認するスズカゼが言葉を交わし合っていた。
彼等は皆等しく外套を纏っており、周囲の湿気から身を守っている。
それというのもこのクグルフ山岳が酷い濃霧に覆われてしまっているからだ。
外套を身につけなければ衣服が濡れて重くなり、山道を歩けなくなる程にその霧は濃い。
彼等は取り敢えずその霧がマシになるまで、こうして登山口で時間を潰しているのである。
「余りに暇だったんで街散策してたんだが、まだ暇だったんでこっちに来たんだよ」
「何があるか解らない上に精霊や妖精が暴走してるような場所ですよ!? 危険性を考えてください!!」
「だから俺も登山口であるここまでしか来なかったんだが、まさか帰り際に装甲獣車に轢かれるとは思わなくてな」
「……事故ですから!」
「物凄く良い笑顔をありがとう。お前が男だったら全力で殴ってる」
「申し訳ないとは思ってますよ……。でも飛び出したりしたら危ないじゃないですか!」
「いや、普通に歩いてたらファナに轢かれたんだけど」
「……ファナさん?」
「空気中に虫が飛んでいた。何も言い訳はしないし後悔もしていない」
今更だが、本当にこのメンバーで大丈夫なのだろうか。
スズカゼは空を見上げ、独り悲しげな諦めの笑みを浮かべていた。
【クグルフ国】
《中央広場》
「押さないで並んでくださーい!!」
所変わって、こちらはクグルフ国の中央広場。
スズカゼ達が出発して既に数刻が経っていたこの国では、メイド達による炊き出しが行われていた。
幾ら空元気で気張っているとは言え、主工業を抑えられ貧困下にある国だ。
やはり無料の炊き出しともなると人や獣人入り乱れて多く並び、どうにも混雑してしまう。
だが、メイドの声が広場を駆け抜け、騒音の中に泳ぐ人々を掬い上げていく。
今現在は彼女の的確な指示により、どうにか行列も形を保っている状態だ。
「凄いですね。混乱になると思って兵士まで引っ張ってきたのに」
そんな中、メイドに感嘆の意を向けたのはクグルフ国の兵士だった。
彼等はこの行列を整理するためにメメールから派遣されたのだが、来てみるとメイド一人で裁いてしまっているので、仕方なく炊き出しを手伝っている状態にある。
まぁ、結果としては人出も増えて余裕が出来て万々歳なのだが。
「いえいえ、それほどでもありませんよ。……こんな良い国の役に立てるなら、これほど嬉しい事はありませんから」
今まで獣人擁護派として肩身の狭い生活を送ってきたゼル。
そんな彼に付き従ってきたメイドもまた、決して安心できる日々を送ってきた訳ではない。
それはスズカゼによる変革がもたらされた今でもそうだ。
だが、この国はどうだろう。
人と獣人が共に手を取り合い、共存している。
兵士の人に聞けばスズカゼの影響が大きいとの事だが、やはりそれは国長の影響もあるはずだろう。
獣人を否定しないメメールの存在が大きいはずだ。
彼のような長だからこそ、この国は平和なのである。
「あ、竜魚が足りませんね」
と、思い耽る彼女を遮って零される言葉。
炊き出しの品に使われている竜魚が足りない、との事だった。
「私、取ってきますね」
「いえいえ! 大丈夫ですよ!!」
「俺達が取ってくるから、メイドさんはこっちに居てください!!」
「ウッス! メイドさんの飯美味いッスから!!」
何人もの兵士が名乗りを上げ、我先にと竜魚の売っている魚屋へと走っていった。
メイドが来た時には肩を落としていたような彼等が、今はもう少年のように元気よく走っている。
この国が、すぐに良くなる事は決してないだろう。
だけれど、すぐ出なくても良いから。
皆が、人と獣人が手を取り合って笑い合えるような、そんな国になって欲しい。
メイドは小さく微笑んで空を見上げる。
その方向は今、スズカゼ達が向かっているクグルフ山岳のある向きだ。
「……頑張ってください、皆さん」
彼女の言葉は人と獣人の騒音によって、誰の耳にも届くことはない。
だが、彼女の心の中には確かに、その思いがあった。
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