宴の杯は空となりて
「デューさんだったんですか、助けてくれたの」
「いえ、お構いなく。私も折角の休日を邪魔されて苛立っていましたし」
「折角……?」
「毎日ですねごめんなさい」
少女の首元を抑えながら、漆黒の鎧甲冑の身につけた男は酷く肩を落としていた。
ワン・チェドスに逃亡を許して既に数十分。デューはスズカゼの傷を治療しながらその時間を過ごしていた。
治療とは言え、少女からして見れば殆ど掠り傷のような物だ。
動脈一歩手前の傷ではあるが、そこに出血は無い。
当然だろう。[焼かれて]塞がれているのだから。
「しかし思い切った事しますねぇ。下手すれば傷跡が残ってますよ」
「いや、大丈夫かなって。何か最近、炎に親近感を覚えるようになってきましたし」
「いよいよ危ないですね……」
首に包帯を巻かれた少女は動きを確認する。
腕を回し首を回し、包帯で阻害されることがないのを確認すると、軽く飛んだり刀を振り抜いたりと、さらに激しい動作を確かめる。
流石に確認しすぎでは、とデューが首を傾げるが、本人は動けることが余程嬉しいのか、遂には壁を走り出す始末だ。
「動けるって良いですよね」
「いや、何か怖い……」
「最近、動くなって言われた事が多かったので……。こうやって自由に動けることの嬉しさを噛み締めてるんですよ」
「自由さに関してはメタルから聞く限り、貴方の右に出る物は居ないと思いますけど……」
呆れ果てるデューと周囲を飛び回るスズカゼ。
応急手当されて並べられた騎士達の安らかな眠りは彼等の喧騒によって阻害される。
唸る彼等を傍目に騒ぐスズカゼ達。
その様子は正しく全ての騒動が終わったかのような物だったが、彼女達は未だ気付いていなかった。
騒動は未だ収束していない事にーーー……、否。
騒動は、未だ始まっていないことに。
《第二街南部・南門上部》
「そこまでたぬ!!」
狙撃手の背後より忍び寄り、その背を取ったタヌキバ。
彼女は右拳を後ろに、左拳を前に構え、相手が振り返り銃をこちらに向けるよりも先に頭蓋を割れる位置に立っていた。
余程ヨーラと[白き濃煙]の隊長の戦いが気になっていたのだろう。
狙撃手はタヌキバの接近になど気付かず、そのまま真っ直ぐ二人の戦いを見据えていた。
「ちょっとぐらい振り向く動作を見せたらどうたぬ? お前はもう完全に背後を取られてるたぬ!」
「…………」
「おい、聞いてるたぬか!」
タヌキバが一歩を踏み出そうとした、その瞬間。
狙撃手は振り返り、それも銃を持たず、にこやかな表情で振り返り、述べる。
「チェックメイトですわぁ」
彼女がそう言った瞬間、つい先程まで壁と思っていた場所が突然開いて窓となり、扉となり、部屋となり。
幾十の狙撃手がタヌキバに銃口を突き付け、殺気を向けたのだ。
言うなれば壁が銃口に変わった、だろう。
「な……」
「籠城相手を落とすのであれば三倍の兵力を用意せよ。定石でしょう?」
先程まで伏せていた狙撃手は、サラ・リリエントは相変わらずの微笑みを浮かべたままそう述べる。
兵力とは力だけではない。数だけではない。その、地の利という知識も含まれる。
三倍というのはそれら全てを埋めるにおいて、辛うじて足る数なのだ。
タヌキバという女性が迂闊だったのは力量を見誤った事でも、兵量を見誤った事でもない。
このサウズ王国騎士団という組織を、侮った事だ。
「……フフフ、そっちこそ侮り過ぎたぬよ!!」
タヌキバが腕を広げると同時に、騎士達の背後より一つの人影が現れる。
彼女とて、何の考えも無しに突っ込んで来た訳ではない。
自身に万が一の事があったとき[場を引っかき回す魔術]に長けたキツネビを後衛に置いたのだ。
キツネビの風魔術を用いれば騎士を吹っ飛ばすのも可能ーーー……。
「捕まってしまいましたわ。ふふ、侮り過ぎましたわねぇ」
「えぇええええええええええええええええええええ!!!」
タヌキバの背後より出て来たのは、眉間から太股に掛けて数十の銃口を突き付けられた女性だった。
その豊満な体に銃口を埋めて楽しんでいる騎士が女性の先輩に殴られる音を切っ掛けに、タヌキバは大きく肩を落とす。
「有り得ないたぬ……。まさか、こんな」
「歴戦上がりは結構ですけれど。襲撃者さん? 一つ勘違いをされていますわ」
にこやかに微笑み、然れどその瞳に確かな意思を持ち。
騎士団の意思を代弁するが如く、サラは静かに言い表した。
「我々は大戦を生きた戦人ではありません。我々は大戦を生きた人々を護る、騎士ですわ」
《第二街南部・南門》
「あの馬鹿共め」
剛脚を捌きながら、老体は酷いため息をついた。
彼の視界には薄らとだがタヌキバとキツネビの惨状が見えているのだ。
油断した挙げ句に捕縛されるとは、全く恥じても恥じ足りぬ話ではないか。
「余所見とは随分余裕さね」
老体の顔面をモロに捕らえる、ヨーラの脚撃。
無論、彼女に加減の二文字はない。
老体だろうが子供だろうが女だろうが。
その頭蓋を砕き、脳を潰し、髄を裂く脚撃だ。
如何に強靱な老体とは言え、この一撃を食らって無事で済むはずがない。
老体は大木を切り崩すが如くぐらつき、そのまま地に落ち、ない。
〔岩を砕き〕
ヨーラの全身がそれを感じ取った。
身の毛がよだち、指先が震え、奥歯が鳴る。
歴戦の老兵が撃ち出すその一撃が必殺必死であると理解したが故に。
〔生命を崩す〕
まず行動したのは老体だった。
地を激震させんがばかりの踏み込みを行い、ヨーラとの距離を詰める。
対するヨーラは敢えてそれから逃げようとせず、老体の脚に近しい部分へ踏み込んだ。
老体の前へ逃げるのではなく、後ろに逃げようとしたのだ。
〔この拳が破すはーーー……!?〕
必然とも言えるだろう。
常人たり得ない彼等の戦闘は地盤を揺るがし、地に亀裂を走らせる。
それだけならば、さして問題はない。
だが、この国は大国。第二街か、第三街でも特定の家々に水を行き渡らせる地下水道がある。
魔力で稼動しているとしても、それを通す空間が必要な訳で。
彼等の激戦はその空間と地上を分ける[壁]を破壊してしまったのだ。
「なっ!?」
「むぅっ!?」
彼等が互いに踏み込んだ位置より崩れ去る岩盤。
延々と開いた闇口の中に放り込まれ、彼等の姿は露と消えた。
残ったのは闇の中へ消えゆく落盤と一つの吸い殻のみ。
門の上でそれを眺める者達は、敵味方関係無く穴の闇と同じくしてその口を広げるばかりであった。
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