弱者の意地
《第二街北部・北門》
「ここだな」
「みたいですね」
幾多と並ぶ騎士を前に、[頂の本]に属するリ・ドーとラウ・グータムの姿はあった。
彼等は騎士を前にしながらも一切の動揺や狂気を見せはしない。
ただ冷淡に、冷静に、冷悪に。目的を達するためだけに。
「ラウ。彼等の相手は任せても宜しいですか? 私は第二街以上の調査に向かいたい」
「別に構わないが。貴様の事だ、図書館など見つけて道草するなよ」
「まさか。ワン・チェドスではあるまいし」
リ・ドーは苦笑を零しながら騎士達の前へと歩み出て行く。
余りに悠然としたその姿に騎士達は一瞬気を抜きかけたが、相手は第三街に向かった仲間をほぼ無傷で倒してきたであろう、強敵だ。
気を抜くことなど以ての外だ、と剣や槍と言った武器を構え直す。
眼前の男がいったいどんな魔法を使うのか、どんな魔術を使うのかも解らないのだから。
「[始まりの栞]」
リ・ドーの一歩が始まると同時に兵士達は動きを止める。
数瞬、いや、一瞬だった。瞬きする暇すらない、その瞬間を感じることさえ難しいような、刹那。
それを境に彼等は再び歩き、或いは走り出し、各々の動作を取る。
今し方、全てが静寂に覆い尽くされた刹那の存在など知らずに。
「ご苦労、ラウ」
「構うな、さっさと行け」
急かされたにも関わらず、リ・ドーは変わらぬ歩幅で、変わらぬ速度で緩やかに歩いて行く。
騎士達はそんな姿に憤りを感じるが故に、各々の手に持った武器を振るう事に戸惑いを持つ事はなかった。
そう、戸惑いは無かったのだ。
あるとすれば、それは、悠々と歩く男に斬りかかったはずの自分達が、まるで時が巻き戻ったかのように元の場所で立っていた事だろう。
「[終わりの栞]……、と」
騎士達の視線は半分はリ・ドーへ。半分はラウ・グーダムへ。
この不可解な状況を説明する手は一つ。魔法だろう。
今の発言からしても発動者は歩いていない黒尽くめの男の方だ。
だが、どんな魔法かが解らない。こう言う場合は迂闊に動くなというのが鉄則である。
もし火炎が吹き出したり雷鳴が轟くような魔術であったならば、即座に防御の陣を張っただろう。
しかし、これは魔法だ。それもかなり特殊な部類。
ならば必ず発動する[条件]や[環境]があるはず。直接的な攻撃を行えない魔法は本来、そうであるべきなのだ。
尤もーーー……、こういう類いの[特殊]を相手取る経験は非常に少ない。
四国大戦に参加していたような熟練者ならまだしも、自分達は大戦後に志願した新兵だ。
そういう物を相手取った経験など、皆無。
「どうしますよ、先輩……。こいつ等、明らかにヤバいですよ」
「うるさい。団長の居ない間に俺達が全滅なんざ、あの人にブン殴られるだろ」
「あー、あの拳骨は痛いわねぇ」
「何ほのぼの言ってんスか、アンタ達は」
互いに砕けた口調を交わし合う騎士団達。
その言葉の中には相談も密談もなく、ただ雑談があるのみ。
それだけで充分なのだ。こんな言葉が交わし合える時点で自分達の手に負えないことは解っている。
で、あるならば。
退くか逃げるかのどちらかだ。どちらにせよ、時期と状況を見て撤退するのが賢いやり方という物だろう。
「うっし、右半隊は進んでる男の前まで行け。残りはあの何かしたっぽい男に突っ込むぞ」
「無茶苦茶ッスねぇ」
「悪いな。俺が知ってる団長はいつもこんなのだ」
だが、出た答えは馬鹿な物だった。
当然だろう、いつも率いている男が馬鹿なのだから。
「さっきの現象な、多分だが時間操作とかそういう系統だ。団長の講義で聞いた事がある。……お前等は」
「「寝てました」」
「だろうな、馬鹿共。……で、時間操作は使いようによってはかなり凶悪らしいが連中にそこまでの実力があるとは思えない。あるなら、まぁ、アレだろ。女王の居る間に来るだろ」
「そんな自殺行為、団長でもしませんぜ」
「私もそう思います」
「うん、俺も馬鹿なこと言ったわ」
時間操作に致死性はない。
あるとするならば、それを利用した[第二の手段]だ。
老衰まで時間を加速させる事も可能だろう。だが、それ程の力を持つのならばこんな回りくどいやり方で攻めてくる必要はない。
会う人会う人、全てを殺してしまえば良い話だ。
それこそ[天災]のように、[殲滅]するように。
「……じゃぁ、ここでお前等が何をすべきか解るな?」
「「体張って連中を止める」」
「そうだ。俺達には誇りがあり、信念があり、決意がある。だがな、そりゃ誰かを護る為だとか誰かに恥じない為だとか、ンな立派なモンじゃねぇ。そういうのを持てるのはぁ……、ほら、第三街領主の嬢ちゃんとか団長とか王城守護部隊の隊長とか女王とか……。そういう強い奴だ」
弱者に語る権利はなく、己が身を護る事すら出来ない者に縋る権利もない。
それは余りに脆く、弱く、尊く、そしてーーー……。
「止めるぞ、俺達は俺達なりにな」
「もし死んだら恨みますよ」
「俺、第三街領主の伯爵様にやられた傷が痛くなってきました」
「おう、恨め恨め。そんで仮病野郎は後で拳骨だ」
彼等は武器を構え、歩いて行く。
その歩みに覇気はなく、自信はなく、余裕はなく。
然れど誇りがあり、信念があり、決意があり。
彼等という弱者の歩みが、あった。
「よーし、馬鹿共。止めるぞ。弱者の意地、見せてやれ」
「はい」
「了解しましたぜ」
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