少女の行いは波紋を呼ぶ
【クグルフ国】
《城下町南部・商店街》
「はいはい、お兄さん寄ってって! 良い魚があるよ!!」
「お兄さんこっちこっち! 良い野菜があるんだ! ペクの実なんか安いよ!!」
「いンや! こっちのフェイフェイ豚の焼き肉の方がおいしいね!!」
クグルフ国の街中には、商店街店員達の活気溢れる声が飛び交っていた。
今まさに貧困に陥っている国内とは到底思えない。
いや、だからこそ声を張り上げているのだ。
こんな国が滅入ってしまう今だからこそ。
彼等、クグルフ国の民は皆を活気づけようと大声を張り上げるのである。
「……ふーん」
その空元気とも言える光景を、街行く男は鼻歌交じりに眺めていた。
彼はサウズ王国からの使者として唯一、クグルフ城に入らなかった人物だ。
それと言うのも、彼自身が地位を持たず、さらにサウズ王国の人間ではないからである。
自分はあくまでメイアに頼まれ、ここまで着いてきただけの人間だから、と。
それ故に彼はクグルフ国の用意した客人用の宿で待っているようスズカゼ達に言われたのだが、どうにも暇なので街に繰り出してきた次第だ。
「しかし、良い街だな」
その男、メタルは街を見回しながら心地よさそうな笑みを浮かべる。
彼の視界に映るのは活気良く声を張り上げる人間。
そして、彼等と共に一生懸命働く獣人達の姿だった。
その表情は無理やりだの奴隷のようにだの、そんな物ではない。
ただ嬉しそうに、立派な労働者として。
頬を伝う汗すらも心を潤す恵みのように、彼等の顔は晴れやかだった。
「…………だが」
ここまで平和だと、逆に違和感を感じる。
サウズ王国からここまで距離にして獣車で三日ほど。
徒歩にすれば大凡、六日から七日程度だろう。
子供や女を連れれば非常に苦しい旅路となるかも知れないが、決してたどり着けない距離ではないはずだ。
そう、嘗ての獣人否定が激しかったサウズ王国からは。
「どうしてこの国に来なかった……? 例え一人二人程度、犠牲を出したとしてもあの状況から脱出することを選んだはずだ……」
メタルとて国行く流浪人だ。
前のサウズ王国での獣人否定の酷さも、それを解消したスズカゼの評判も。
全て様々な国を行き、流浪する彼の耳には届いている。
だからこそ疑問なのだ。
確かにサウズ王国は酷い国よりも獣人の扱いはマシだった。
それでも彼等からすれば暴動を起こし不自由を叫ぶ程に苦しい状況だったはず。
だと言うのに、彼等は。
だが、彼の微々たる疑問はとある光景によってすぐに消え失せた。
「……おい」
商店街で声を張り上げていた一人の男。
その男の眼下には、ほんの少しの金を握り締めた獣人の子供が居た。
恐らくは雑貨屋なのだろうが、その子供の持つ金では、子供の差し出す商品は買えないだろう。
男はそれが解らないのかと言いたげに眉根を寄せて口端を下げ、子供を酷く苛ついた目付きで見下ろしていた。
「あ、あの」
「その程度のルグでこれが買えるのか? あ?」
男は子供の買い物での勘違いにしては、異常に怒りを覚えているように見える。
大方、男は獣人否定派の人間なのだろう。
その子供を見る目付きすらも、塵屑を見るようなそれに見える。
「こりゃぁああああ!!」
そんな男の目付きを絶たせたのは、彼の頭を叩き倒した老婆だった。
店の奥から出て来た所を見ると、恐らく彼の母親か店員かなのだろう。
頭を叩かれた男はそのまま前のめりとなって机に頭をぶつけ、激痛を抑えるように頭を抱え込んだ。
「何すんだ母ちゃん!!」
「おめぇ、そんな事して恥ずかしくないのか!? サウズ王国じゃ獣人の姫様が獣人達率いて自分達の立場変えたんだぞ!?」
「だから何だ!?」
「もう獣人が下等だの何だの言う時代は終わったんだ! おめぇみたいな若いモンがまだ獣人が下等じゃ何じゃと言っていてどうする!?」
「だ、だけどよぉ……」
つまり、そういう事だ。
スズカゼというたった一人の少女が起こした改革。
それがこの国にも波紋を呼び起こしたのである。
人々の、ほんの小さな意識の改革。
スズカゼが生み出したのは第三街領主という存在とサウズ王国の獣人達の平和だけではないのだ。
「……良い傾向だな」
メタルは陽気に鼻歌を刻みながら、その場を後にする。
彼が過ぎ去った後の雑貨店では、獣人の子供に計算を教える老婆と男の姿があった。
《宿・メタルの部屋》
「……あの馬鹿は?」
「居ませんね……」
一方、こちらはスズカゼ達に用意された宿のメタルの部屋。
流石にメタルと女性陣との部屋は別々であるが、帰宿した彼女達の呼びかけにメタルが応えなかったため、スズカゼ達が乗り込んだのである。
そして彼女達が見たのは、こっ酷く散らかった部屋の中だ。
強盗が入っただとか戦闘があっただとかではなくて。
子供が興味深そうに周囲を散らかしまくったような、そんな散乱の仕方だ。
「ファナさん」
「……何?」
「あの男は殺しても問題ナシ?」
「止めてくださいよ!? あんな人でもメイア女王様の友人なんですから!!」
「あれと関われるって相当ですよね」
「……私だったら殺しかねない」
「本当に止めてくださいね!?」
「ったく……、仕方ない。どうします? 探しますか?」
「放っておけば良い。私と貴様だけで充分だろう」
「いや、でも戦力としても……」
「貴様に負けるような奴はどうでも良い」
ファナの言葉に、スズカゼは何も言えなくなってしまった。
確かに道中の勝負では自分が三本全取どころか十本全取だった。
けれど、アレはあくまで訓練の勝負だ。
本番ではどうなるか解らない。
自分が行っていた剣道でもそうだった。
練習と本番で全く実力が変わってくる人間。
決して少ない存在ではない。自分もそれなのだから。
とは言え、練習から自分に敵う人間もそうそう居なかったのだけれど。
「駄目ですよ!」
だが、そんなファナをメイドは窘めた。
戦う力を持たない彼女からすれば、やはりスズカゼ達は心配なのだろう。
予定上、彼女はこのクグルフ国に残って炊き出しや各地の食料事情の整理など、この国の復興に手を貸すことになっている。
自分がその場に行けないからこそ、心配なのだ。
「メイドさん……」
「何があるかも解らない山岳地帯です……。出来るだけ人数は多い方が良いでしょう?」
「だが、役立たずは不要だろう?」
「……言い直します」
メイドは大きく息を吸い込んで、そして吐く。
覚悟を決めたかのような彼女の瞳に、思わずスズカゼは息を呑んだ。
「壁は多い方が良いでしょう?」
「……なるほど」
その納得のさせ方はどうなのだろうか。
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