宴の杯は掲げられる
《第三街東部・ゼル男爵邸宅・地下牢》
「そうですか、そんな事が……」
「お前のトコの伯爵おかしい!! 何か色々おかしいぞ!!」
「えぇ、知ってます」
綺麗に片付けられた皿を前に、ココノアは酷く怒鳴り立てていた。
と言うのも仲間のシャムシャムがスズカゼのせいである扉を開いてしまいかけているからである。
まぁ、何の扉かは彼女がやたらと仲間に接触するようになった事からも予測は出来るはずだ。
因みに今現在、シャムシャムは仲間のムーの足や腰を撫で回してうっとりと法悦の表情を浮かべている。
「それで、どうしてスズカゼさんを襲ったりしたんですか? 身の程知らず……、と言うか無謀にも程がありますよ」
「だって所詮は人間だし……、女だし……。いけるかな、って」
「その理論だと四天災者[魔創]ことメイアウス女王にも当て嵌まりますけど」
「あ、アレは例外だろぉ!? 今だってアレが居ないって聞いたから……!!」
「聞いた?」
「ぇあっ!!」
ココノアの口元と顔が極度に引き攣り、シャムシャムを引き剥がそうと奮闘していたムーも手を止める。
やがて手を止めたムーがシャムシャムに襲い掛かられた頃、ココノアは顔を真っ青にして大粒の冷や汗を垂れ流していた。
「詳しく説明してくれますか?」
「いや、その、えっと…………」
「良いんですよ。またスズカゼさんを呼んできて、次は貴女を[それ]にしても」
「ひぃっ……!」
「それともお仲間を[そう]しますか? それならそれで私は構いませんが……」
立ち上がろうとしたハドリーに縋り付くが如く、ココノアは凄まじい叫び声を上げる。
いや、叫び声と言うよりは最早、泣き声に近い。
まさか仲間まであんな状態にされてしまうなどと考えたくもないからだ。
それこそまるで恐怖の感染パニックホラー映画ではないか。何が感染するかは別として。
「依頼されたんだよ! 私達[超獣団]や他の傭兵達に!! 最近、大手の傭兵団が潰れたからお零れが回って来たんだと思うぞ……」
「依頼された? 誰に?」
「解らない! だって依頼者はある傭兵を通じて私達を傭ったから……」
「その傭兵はどんな人ですか?」
「や、ヤバい奴だよ。歌ばっか歌ってて近付いたら変に鼻がムズムズするって言うか……」
「……鼻が?」
ハドリーは彼女の言葉を聞いて思考を巡らせる。
この話からしても、現在、サウズ王国には大量の傭兵団が忍び込んでいる可能性が高い。
四大国条約を機にして商いの為やってきた商人や旅人を装えば侵入は難しくないだろう。
何よりこの時期だ。大量の人間を審査しきるのは難しい。
……いや、それでも見逃したのだから大した人数ではない? しかしこんなちょっと間の抜けた子達に頼むぐらいなのだから、人手をかなり欲しているはず。
だとすれば大量に侵入していると考えるべきだ。それも、内部からの協力無くしては有り得ない程に。
「いったい、誰が……」
いや、今はそこではない。
恐らく、いや確実に犯人解明は不可能だ。何故なら前回同様、全てが闇に隠されるからである。
彼女の言う潰れた大手の傭兵団というのは間違いなく[闇夜]のことだろう。あの人数と戦闘力ならそれも納得がいく。
そしてその[闇夜]が潰れた原因。このサウズ王国への襲撃。
今回も同様だ。彼女達は潰れに来ていると言っても良い。
前回と人員が同じならば、の話だが。
「……っ」
四天災者[魔創]の不在が外部に知れているのは誰かが情報を流しているからだ。
騎士団長であるゼルの不在ならともかく、最高防衛機能とも言えるメイアウスの不在を外部に伝える理由など無いはずだろう。
即ち、この事からも内部犯という事が予測できる上に、人員の不足、つまりはメイアウスとゼルの不在を、そしてジェイドの不在を証明しているからである。
前回は大いに活躍した彼等の不在を狙ってきたのだとしたら、相応の作戦を立てていても不思議ではない。
そう、それに準ずるだけの被害が出たとしても不思議ではないのだ。
「全体的な規模は解りますか?」
「か、勧誘された時には……」
ココノアは思い出すように首を捻り、間もなくぴょこんと耳を立てた。
彼女が元気に言い放ったその言葉が、ハドリーの全身を震えさせるとも知らずに。
《第二街南部・第一訓練場》
「えーとですね、剣術において最も大切なのは感覚による予知です。視覚や聴覚を持って次の斬撃を予知する訳ですね」
訓練用の刀を地に突きながら、少女は胸を張ってそう述べた。
彼女の前にはボロボロ状態の兵士が幾人と居り、皆の顔が恐怖と絶望に染まっている。
年端もいかぬ貴族などに負けたのだから、まぁ、無理も無い話だろう。しかも文字通り手も足も出ず、だ。
「とは言え、これを鍛えるのは難しいです。なので私特性の訓練を用意しました!!」
少女は自信満々に無い胸を張りながら[魔炎の太刀]を掲げてみせる。
当然の事それは真剣であり、当たろう物ならば肉が裂かれ骨が断たれる代物だ。
彼女はそれを一度二度と振って見せ、満面の笑みで言う。
「避けましょう!」
「「「死ぬわ!!」」」
一同総ツッコミ。当然である。
少女は肩を落としながら魔炎の太刀をゆっくりと鞘に収めていく。
やがてその刃が完全に隠れ、鍔が鞘口に触れた瞬間。
豪音と爆音が轟き、訓練場は激震に覆われた。
天井の埃や壁に立てかけてある刀剣がバラバラと崩れ落ち、凄まじい金属音を生む。
「「「……まさか」」」
全員の視線がスズカゼに向くが、少女は勿論のこと全力でこれを否定する。
何が起きたと叫ぼうとする彼女を前に、騎士の一人が窓外を指差して叫んだ。
第三街が燃えている、と。
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