目覚めた獣人は彼女達を見る
《第三街東部・ゼル男爵邸宅・地下牢》
「はぁ…………」
見慣れぬベッドから起き上がった獣人の女性は、まずため息をついた。
と言うのも何故自分がこんな所に居るのかを思い出したからである。
竜に飲まれ荒れ狂う獣車に揺られ、挙げ句に気絶したままベッドに直行。
何と情けない事か。これではスズカゼを表から支えるも裏から支えるもない。
流石に力を得ようとは思わないが、多少の自衛能力ぐらいは……。
「くしゅんっ」
しかし、この家はどうにも鼻がムズムズする。
花粉や埃ではないはずだ。そんな物の存在はメイドが許さない。
では、何だろう? この家で鼻がムズムズする理由は……。風邪ではないと思うのだが。
「あら、ハドリーさん。起きたんですか」
「あぁ、メイドさん……。すいません、他人の家で寝てしまって」
「いえいえ、第三街が独立したばかりの頃なんてカード作成の為にここが家みたいになっていたじゃないですか。それに比べればこれぐらいの休息なんて……。何ならご飯食べていっても大丈夫ですよ?」
「あ、いえ、そこまでは……。けれどメイドさん、何だか鼻がムズムズしませんか? 目も痒いし……」
「そうですか? 私は別に……」
どうやらこれは自分だけが感じている物らしい。
だとすると風邪だろう。長旅の、それも竜に食われたり暴走獣車に揺られたりしたせいで疲労が溜まったのだ。
となれば、寝て安静にするのが正解だろうが……、それでは第三街を視察するという目的が果たせない。
ここは少し無理をしてでも視察に向かった方が良いのではなかろうか。
「具合悪いようでしたら、何か作りましょうか? 簡単なのなら直ぐに作れますけど」
「いえいえ、本当にお構いなく。……あれ?」
ふと、ハドリーはある事に気付く。
メイドの手に三人分の料理が持たれているのだ。それも豪華絢爛などとは程遠い質素過ぎる食事が、である。
まぁ、その質素過ぎる食事にも関わらず栄養バランスが取れている辺りメイドの拘りが感じられるが、まさかこれがスズカゼ達の食事ではあるまい。
ハドリーは困惑宛らの視線をメイドに向けると、彼女は快く微笑んでその理由を答えた。
「地下に囚人が三名居まして。スズカゼさんから食事を運ぶよう仰せつかっているのです」
「そうでしたか。でしたら、私が運びますよ。こんな体ですけど襲われたときの自衛ぐらいは出来ますから」
「け、けれど……」
「寝させて貰ったお礼とでも思ってください。メイドさんも忙しいでしょうし」
「で、ではお言葉に甘えて」
メイドの手から三人分の食事が手渡され、ハドリーはそれを持ってにこりと微笑み、地下牢へと脚を向ける。
スズカゼがメイドに食事を持って行くことを許し、剰え大人しく地下牢に居るような人物達。
警戒に値する事はないと思うが、一応は気をしっかり持っておこう。
まぁ、自分と相手の間には牢という強固な壁があるのだ。
言う程注意は払わなくても大丈夫だろう。
まさかその強固な壁という扉が開くわけでも……。
「シャムシャムゥウウウウウウウウ!! 戻って来いぃいいいいいい!! そっちの扉は開いちゃ駄目だぁあああああああああああああああ!!」
「スズカゼ様……、お姉様……、ふふっ」
「キシシッ、これマジでヤバくね?」
別の扉が開いていた。
何があったかは大抵予想が付く。ご愁傷様である。
《第三街西部・裏路地》
「権力に飢えたぁー豚がぁー」
下手な歌を歌いながら黒粉を撒き散らす、一人の男。
彼は両袖からそれを垂れ流しており、その異臭たるや近付けば思わず鼻を覆い尽くしてしまいたくなる程の物だった。
しかし、ここは第三街の裏路地。居るのは浮浪者や違法投棄のゴミばかり。
その異臭は浮浪者の体臭やゴミの悪臭に紛れて、消えていく。
だからこそ歌を歌う男は垂れ下がった両袖から、黒粉を遠慮無く存分に撒き散らしているのだ。
「手足をもいでぇー王の前へとぉー差し出すぅー」
やがて歌男は路地の果てまで行き着き、そこに寝転ぶ浮浪者の口に一本の火薬棒を咥えさせた。
これは現世で言う花火のような物で、火を点火してから一定の時間が経てば爆発若しくは着火する仕組みになっている。
寝転ぶ浮浪者は何の抵抗もせずにそれを咥え、否、血塗れで震えながら寝転ぶ浮浪者は何の抵抗も出来ずにそれを咥えた。
「愚かな豚がぁーーー……」
激しく切れる浮浪者の吐息。
その息は火薬棒を湿らせようとする物でもなく、それに着火するであろう火を消そうとする物でもなく。
単に激痛に耐える、傷口に染みる油という激痛の元に耐える吐息だった。
「欲を持つ」
歌男の指先に灯る、小さな焔。
それは火薬棒の先端を燃やし、小さな焦火と共に浮浪者の口へ迫っていく。
歌男はそれを確認するなり浮浪者に背を向けて大通りへと歩き出した。
「他の連中は上手くやってるかぁ?」
太陽の日差しが一線を引く裏路地と大通り。
歌男はその光照らす大通りに出て再び機嫌が良さそうに鼻歌を歌い始めた。
下手な、それも意味の解らない歌。
やがてその歌に爆音と豪炎という演奏が添えられた頃。
男の姿は有象無象の中へと、消え去っていた。
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