苦労する王女と兜
「そうですか、こちらには旅行で……」
「えぇ、はい。そして速攻で総資金の半分を相方に持ち逃げされました」
「……苦労してますね」
「もう諦めてます」
苦労人二名は長椅子の左右端に座しながら茶を飲んでいた。
本来ならばもう少し近くても良いのだが、デューが王女様の前ではと遠慮した結果である。
その間を空けるのならばと饅頭を頬張る少女が間に座っているだが、彼女は話に加わる気など全く無い。
ただ売店で売っていた、いや、正しくはある男の計らいで大量購入できた菓子を食すばかりである。
「えーとですね、そういう人は未然に防ぐのではなく最悪の被害を想定して最大の警戒を持ってすれば最小の被害に留められますよ。稀に最悪をも超えますが」
「ははは……、勉強になります」
時折、全ての仕事を放棄してサーフィンに興じる兄のことを思いながら、女性は深いため息をつく。
苦労人一人ではため息、二人では大きなため息とはよく言った物だ。
苦労とは分かち合う物ではなく、分散される物である。
「しかし、まさかモミジ様がいらっしゃるとは思いませんでしたよ。ベルルークの軍人がこっちでサウズ王国騎士団を鍛えてるっていう話は小耳に挟んでたんですけど」
「結構、お触れとか出てたと思うんですけど……」
「あ、見てませんでした」
「そ、そうですか……」
鎧の隙間から茶を啜る男という異様な光景を横目に、モミジはふぅと軽く息をついた。
現状、この国に滞在している理由はない。
名目上は騎士団の訓練なのだから理由としては成り立っているが、それを支えるメイアウス女王が不在なのだ。
謂わば柱の上で不安定に揺れる果実。それを縛る紐や支える棒が無ければ容易く落ち、潰れてしまう果実。
「このままでは潰れてしまう……。けれど、放って置いてもいつかは腐ってしまうし……」
「ん? どうかしました?」
「あ、いえ。何でも……」
さて、どうするか。
こうして宿で休息を行えるのも今日明日が精一杯だろう。
明日からは訓練に参加しなければならない。
……まぁ、参加とは言っても給仕の役割ぐらいだし、別に必要はないのだが、やはり面子がある。
隣で饅頭を頬張る子みたく精霊でも使えれば多少は役に立てたのだが、今はこのナイフを投げるしか能の無い腕が恨めしい。
「何かお悩み事で?」
「いえいえ、そういうのじゃないんです。ただ色々と不安で……」
「ですよねぇ。こんな状態じゃ不安にもなります」
「……こんな状態?」
「あれ? 聞いてないんですか? 何でも第三街に襲撃者が来たとか。まぁ、門に訪れていたスズカゼさんが普通に捕らえたそうですけど」
「あ……」
そう、そうだ。果実は疾うに落ちていたのだ。
メイアウス女王はこの国の女王であると同時に最大の武器でもある。
その女王が不在となれば、最大の武器がないとなればこの国を護るのは誰か?
必然、騎士団となるだろう。だが、その騎士団も今は外来の親善大使、即ち自分達を護る立場にある。
武器は無く、鎧は無い。
この丸裸とも言える状況で大国の利益を掠め取ってやろうという輩が居ないのがおかしいのだ。
無論、普通の国ならばそんな事はしない。そういう[組織]ならばそんな事は出来ない。
だが[団体]ならばどうだ? 国が相手にしないような、小さな団体ならば。
その[小さな団体]から自国を守れなかった責任は必然、国自体に降りかかる。況してや自分達のような外国からの客人を傷付けられたとあっては名折れも甚だしいだろう。
つまり、だ。
現在、サウズ王国は自らの権威故に縛られ、自らの力故に屈している状態にある。
国相手ならまだしも、相手取るのも面倒な[小さな]団体程度を相手にするには最悪に至る状態だろう。
「けれど……、サウズ王国なら、そんな相手によって被る被害なんて」
「それを看過しない人が居るでしょう?」
「……あぁ」
そういう団体が利益を掠め取る、即ち略奪を行う場所。
それは必然、第三街となる。何の自衛力も持たないあの街となる。
元はメイアウス女王がその目的で作ったと聞くし、当然のことなのだろう。
本来ならば第三街は目的を果たした、立派な壁だった。これで終わりだ。
だが、それを看過しない人物が一人いる。
―――――スズカゼ・クレハ。
彼女は決して許さない。許すはずがない。
相手が如何なる脅威であろうとも、あの紅蓮の刃を振り抜くであろう。
仲間を護る、その為ならば。
「まぁ、あくまで予想ですけどね。何も起こらなければそれが一番ですし」
「ですよね……。何も起こらなければ……。私の国だってよく国王が居なくなりますし」
「いや、シャガル王国は色んな意味で特別かと……」
「そ、それもそうですけど……」
二人は互いに苦笑を漏らしてから大きくため息をつき、再び茶を啜る。
有り得ない話ではない。現に襲撃者は居た。
話に聞けば嘗てもサウズ王国を襲った輩が居たと言うし……、さて、どうなる事か。
「何も無ければ良いんですがね」
「えぇ、全く……」
彼女達が三度茶を啜り、間の少女は饅頭を口いっぱいに頬張る。
やがて、その平穏が饅頭を喉に詰まらせて引っ繰り返った少女によって壊されることは、今はまだ誰も知る由などないだろう。
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