騒がしき東の大国の平穏
「えっ、私ですか?」
「そうだよ、アンタだよ」
騎士団の者達の視線を集める少女は大きなため息と共に肩を落とす。
何でもヨーラ曰く、この騎士団では槍や斧槍についての扱いは中々でも、剣術は今一番伸びていないとのこと。
幾ら実践的なレベルが高いとは言え、このまま何も知らなければいざというときに困ってしまう。
と言うわけで剣術の師範としてスズカゼに活動してくれ、という話なんだとか。
「いや、良いですけど……。普通の剣と刀じゃ結構違うんで」
「と言うと思って刀を用意してあるよ。遠慮しないで良いから殺さない程度に揉んでやりな」
「うへぇー……、了解しましたぁ」
何だか、段々と当初の目的から逸れている気がする。
確かデイジーとサラを見つけに来たはず……、なのに何故訓練に付き合う事になっているのか。
全く、こんな事なら持久走で揺れる女性団員の胸に見取れなければ良かった。
「いやしかしあのおっぱいを見ないのもそれはそれで……」
「何の話してんだい?」
「いや、何でもないです。で、誰の相手すりゃ良いんですか?」
「そうだね。志願者ァ!!」
ヨーラの咆吼に手を上げる者は居ない。
ある者は戸惑って、ある者は臆して、ある者は嘲笑って、ある者は呆れ返って。
皆が皆、様々な理由はあれど戦おうとしないのだ。
「どうしたんだい!? まさか、こんな小娘相手に怖じ気付いたってのか!?」
「いえいえ、ヨーラ殿。こんな小娘だからこそ、ですよ」
そんな中、嘲笑っていた者の一人が一歩前へと進み出た。
これは我が物なりと剣を持っている所から余程の自信があるように思うが、実力と性格は別物である。
スズカゼは彼の発言に青筋を浮かべながらも、どうにか笑みを保ったまま次の言葉を待った。
「相手は仮にも第三街領主にして伯爵! そして年端もいかぬ女性でございます。我々のような屈強なる騎士が相手にしたのでは、怪我では済まな……」
「そういう事は殺してから言いな」
ヨーラの回し蹴りが高慢な騎士の尻を打ち、彼を前へと押し出す。
転げそうになりながらも前へと歩み出た彼の前に立ったのは、申し訳なさそうに微笑んだ一人の少女だった。
騎士は死んでも知りませんよ、と言いながら訓練用の木剣を肩へと担ぎ上げる。
さて、自分はその場に居なかったが、噂では彼女はゼル団長と撃ち合ったと聞く。
まぁ、団長も男だ。小娘相手に手加減してやるくらいの気概はあったのだろう。
だが自分は違う。この小娘相手に大人の実力という物をーーー……。
「あのぅ」
「ん? 何だ」
「終わりましたけど」
何を言っている、貴様は馬鹿か。
騎士はこう言いたかった。全身から空気という空気が絞り出されていなければ、こう言いたかった。
鳩尾に一発、スズカゼが申し訳なさそうにしている理由が既に撃ち込んでいるからだと気付かなければ、そう言いたかった。
自分の視界が反転し、それが闇に覆われていなければ、そう言いたかった。
「はい、勝者スズカゼ・クレハ」
いったい、誰が反応出来ようか。
彼女の剣術の腕を知る者でさえ、その異常な成長率には目を見張るばかりだった。
斬撃が殆ど見えなかったし、表情一つ、息一つ崩していない。
強い。訓練や実戦どうこうでなく、強い。
「ありゃ? もうちょい手加減した方が良かったですかね」
「しなくて良いさね。こういった連中の鼻を折るのがアンタの役目さ」
「あー、成る程。じゃぁ、[殺さない程度]でいきます」
引き攣った笑みで後退った騎士の一人がヨーラにより前へと引っ張り出され、そのまま放り投げられる。
待ち受けていたのはどうぞ構えてくださいと言わんばかりに微笑む、一人の少女。
「さぁーて、やりましょうか!」
《第二街南部・旅館》
「うーん」
寝間着に兜という、何がどうなってこうなったのか解らないほど珍妙な恰好の男。
彼はぐらぐらと頭を、基、兜を揺らしながら既に数ヶ月以上は入り浸っている旅館の中を闊歩していた。
特に理由がある訳ではない。単純に暇なのだ。
酒場に行こうにも金はなく、街で遊ぼうにも金はなく、誰かと語らおうとも共は居ず。
せめてメタルが居ればと思うが、彼は現在、トレア王国付近のリドラ子爵別荘に居る。
こちらから遊びに行こうかと思った事もあったが、距離が距離だし……。
「どうしようかな……」
等と考え事をしていたせいか、デューは曲がり角を曲がってくる女性に気が付かなかった。
真正面からぶつかったその女性は華奢な声をあげて尻餅をつく。
デューは彼女が誰かを視認するよりも前にまず謝罪し、立ち上がらせるべく手を伸ばそうとして全力で土下座の体勢に移行した。
「申し訳ありませんシャガル王国第一王女様ァアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「え? いや、あの、えっ!?」
デューがぶつかったのはシャガル王国第一王女、モミジその人だった。
尤も、本人は現在親善大使として来ているのでその肩書きは通用しない、はずなのだが。
今まで仕事で各国を回ってきたデューが四大国の一つの王女ぐらいは知り得ていて当然という訳である。
「土下座で足りないなら腕を切り落とします! それでも足りないなら兜を脱ぎます!! なのでお許しをォオオオオオオオオオオオ!!」
「色々聞きたいし止めたいんですけど両腕より兜の方が優先順位高い事をまず聞かせて貰えませんか!?」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ会う二人が旅館の者達の注目を集め出した頃。
下階の売店近くで饅頭を頬張っていた少女はゆっくりと顔を上げて、呟いた。
「……騒がしいデスね?」
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