女性団員との語らい
《第二街南部・第一訓練場》
「よ、ヨーラ殿ォ!! 腕立て連続五百回終了しましたァ!!」
「よーし、男性団員は千回追加ァ!! 女性団員は休憩しな!!」
「さ、差別だ! 男女差別だ!!」
「そうだそうだ! 男女平等にしろォ!!」
「そうかい、じゃぁご要望通り男共は片足立ちで十時間の休憩を与える!! その際、飲食も壁に凭れる事も支え合うことも許可しない!!」
「腕立て千回やってきます! よっしゃ行くぞお前等ァ!!」
「「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
ヨーラによって着々と勧められる軍隊化計画を目の前にしながらも、スズカゼはかなり苦々しい笑みを浮かべていた。
デイジーとサラを探しに来たはずが、いつの間にかこの軍隊訓練を見学するハメになっていたからである。
何でも鬼教官……、基、ヨーラ曰く後学のためだとか。その言い方だとコレに参加させられそうなのだが……?
「す、スズカゼ伯爵……、見学でありますか?」
と、そんな事を考えていたら隣に訓練を終えた女性団員がやってきた。
まぁ、自分も一応は伯爵という立ち位置なのだし、挨拶にでもやって来たのだろう。
礼儀上の形式というヤツだ。恐らく彼女も何処かの貴族の娘。礼儀上の形式を成しておかねば軽視されたり軽蔑されたりするのである。
……別に自分はそんな事を気にはしないのだが、まぁ、周囲が気にするのだ。
全く持って面倒な話である。
「あ、どうも。大変ですね、訓練」
「いえいえ。最近はゼル団長も長期の休暇で居られず、騎士団も堕落していた部分が……、いえ、前からでしたけれども」
「は、ははは……。でも良い騎士団じゃないですか。あんな訓練の後なのに息切れしてない人まで居るし、誰も倒れちゃいない。基礎体力がしっかりしてるからですね」
「伊達にあのゼル団長の元で働いていませんから」
「そう言えばゼルさんって団長だったんですよね。余りに威厳無いから忘れてましたよ」
「え、えぇー……」
思えば今まであの人が騎士団を率いている所を見たのが二度か三度ぐらいしかない。
自分を捕らえた時はまだ騎士団長っぽかったのに、今ではただのオッサンである。
いや、思えばデイジーとサラは騎士団の団員だし、彼女達に団長と呼ばれている所を見ると未だ威厳はあるのか?
団員にもこうして慕われているし……、どうなのだろうか……?
「……ゼルさんって慕われてます?」
「そ、それはもう! 皆の憧れの的です!! あの強さと凛々しさと頼もしさはサウズ王国一! 未だ独身なのが信じられないぐらいですよ!!」
「一応、見合いの話とかはあったんですけどねーーー……」
思い出されるシルカード国での一件。
ミルキー女王は元気だろうか? いや、あんな気の良い村人達だ。きっと彼女を支えてくれているに違いない。
その点を思うとゼルも随分惜しい人を逃したのではないか? いや、彼が考え抜いた末の話だし、自分が口を出すべきではないというのは重々承知しているのだが。
それでもやはり結婚しないというのは、どうにも……。と言うか正直言って周りの恋愛話とか聞きたい年頃なのでちょっとぐらい桃色の話があっても良いではないか。
「……女性にも人気が?」
「えぇ! でも、あの人の周りには魅力的な女性が多くて……。大きな声では言えないんですけれども」
女性団員はうんと声を窄め、スズカゼの耳元に唇を近付ける。
これは思わぬ役得と満足気に笑むスズカゼをともかくとして、女性はある噂を口にし始めた。
「何でもゼル男爵、最近は特殊な趣味に目覚めたとか……。メイドさんだけの時は、あの方は母性に溢れているから良い夫婦になるだろうとか立場が違いすぎるとかいう噂だけだったんですけれど、最近は獣人愛好に目覚めたとか少女愛好に目覚めたとか……」
「あ、無いですね」
「な、無いんですか?」
「それやってた場合、私が斬り殺してます」
何の迷いも無くにっこりと微笑むスズカゼに女性団員は背筋を凍らせる。
妙な地雷を踏み込んだと気付いた彼女は必死に話題をずらそうと苦笑に同意の言葉を乗せ、身振り手振りで示して見せた。
スズカゼもその話題に固執することなく次の話題に移ろうとしたのだが、ふと、ある質問を思いつく。
「そう言えばデイジーさんとサラさんって、どんな立ち位置なんですか?」
「あの二人、ですか?」
女性団員は少し考える仕草を見せ、次に悩む仕草を見せる。
質問の仕方が悪かっただろうかとスズカゼが少し慌て始めた頃、女性団員は答えを出したらしく人差し指を立てて述べ始めた。
「デイジーは非常に真面目で勤勉的な子です。腕も中々立つのでスズカゼ伯爵の護衛に抜擢された事もありますね。……あぁ、今も継続中でしたか」
「ですね。サラさんは?」
「彼女もデイジー同様、非常に真面目な人物ですね。少し気抜けた所はありますけど、任務は着実にこなしますよ」
「へぇ……。あの二人って付き合い長いんですか?」
「そうですね。幼い頃からずっと一緒と聞いています。私は騎士団に入隊したのが十八か十九の頃だったんですけれど、あの二人は八つか九つぐらいの頃だそうですよ」
「そうなんですか……」
となると、あの二人は幼馴染みとなる。
そんなに昔からの付き合いがあったとは知らなかった。
まぁ、あの二人の関係性を見ていれば解らないでもないが……。
「二人は騎士団の中でも結構な腕ですよ。流石に最高峰なんて事はありませんけれど、それでも充分に強いんです」
「……何か、娘を自慢する母親みたいですね」
「騎士団からすれば彼女達は子供みたいな物ですから。私や他の人達だって、彼女達との付き合いは長いですよ」
優しく微笑むその女性は正しく聖母のように見えた。
いや、流石にそれは言い過ぎだが、そんな存在を持っていなかったスズカゼからすればそう思えても仕方ないという話だ。
……いや、持っていない訳ではない。あの湖での一件。
あの人は自分を娘のように抱きしめてくれた。そう、まるで聖母のようにーーー……。
「女性団員休憩終了!! 訓練再開!!」
ヨーラの咆吼により、スズカゼはか細い思考を容易く打ち切る。
彼女の隣から立ち上がった女性団員の会釈に微笑みを返しながら、スズカゼは微かな曇りを見せていた。
例えるならば、そう。何気ない青空に浮かぶ一縷の黒雲。
降るはずも無い雨を連想させるようなーーー……。
「……何もなければ、良いんだけど」
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