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獣人の姫  作者: MTL2
襲撃者達の宴
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弱者の嘆き

《第三街東部・ゼル男爵邸宅》


「メイドさーん!」


スズカゼはエプロン姿で廊下を掃除するメイドへと全力で飛びついた。

彼女の腕が狙うのは無論のことメイドの胸であり、運動はイマイチな彼女は直ぐさまそれを鷲掴みにされた。


「あら、スズカゼさん。地下の皆さんはどうでしたか?」


無論のこと彼女の本性など知らぬ無垢なメイドは戯れ程度にしか思わない。

自らの胸を揉みながらうへうへと涎を垂らす少女が真正面に居たならば、振り払う事ぐらいはしたかも知れないが。


「えーっとですね。ちょっと首に縄付けてきましたんで暫くしたらもう一回見に行きます。それまではちょっとデイジーさん達の様子見ようかなーって」


「デイジーさんでしたらもう目覚めて第二街の訓練場に。サラさんもそちらへ向かいましたよ」


「えっ、もう!? まだ傷も完治してないのに!」


「本人はこの程度、掠り傷と変わりません、と……。申し訳ありません、私も止めたんですが……」


「いえ、メイドさんは悪くないですよ。……となると第二街訓練場に行くべきですね、解りました」


そう言い残すとスズカゼは自分の部屋へ走り、外出の準備を数分で整えて再び出て来た。

女性の支度速度ではありませんね、というメイドの苦笑に対し、彼女はドヤ顔で返す。

しかし、そのまま走り出そうとする彼女は急速に走りを止めて振り返った。


「そう言えばメイドさん、あの卵送って貰ってありがとうございました!」


「いえいえ、お構いなく。……あぁ、そうでした。地下の方々にお食事を出そうと思うんですけど、何か注意する点はありますか?」


「いえ、特には。ちょっと自惚れが強い程度の良い人達でしたから。……あ、でも気の弱いシャムシャムさんって人は疲れてるので元気が出る品物にしてあげてください」


「疲れてる? どうかしたんですか?」


「えーっとですね、新たな扉を開く手伝いをしたと言うか……」


「新たな扉?」


「いえ、何でもないです。じゃぁ、行ってきますね!」


スズカゼは扉を開け放ち、元気に日の元へと足を踏み出していく。

その後ろ姿を眺めるメイドは首を傾げるばかりで、何が何だか解っては居なかった。

まぁ、今頃、地下牢で三人組の一人が顔を紅潮させながら身悶えている姿など想像付くはずもないだろうが。



《第二街南部・第一訓練場》


「あ、ヨーラさん」


「ん、スズカゼ・クレハじゃないかい。何でアンタがこんな所に居るんさね」


「デイジーさんがこっち来てるみたいなんです。多分、サラさんも」


「あー、それでかい。私は連中の様子見に来たんだけどね」


「そう言えば訓練受け持ってるんでしたっけ。どんな感じですか?」


「素質が良いんだろう。ここの連中は軽く付いてきたよ。ウチの連中より余程筋が良いさね」


「いやいや、そんな……」


笑い合いながら訓練場の扉に手を掛け、スズカゼとヨーラは同時に入場する。

彼女達が一歩を踏み入れると同時に机が撥ね飛び、カードが舞い散り、兵士達が走り出し、酒が割れ、道具が慌てて出され出す。

つい先程まで満面の笑みだったヨーラは一瞬にして阿修羅が如き眼光を浮かべて猛獣が如き牙を剥き、吼える。


「訓練量十倍だぁああああああああああああああああッッッッッッッッ!!!」



《第二街西部・廃墟街》


「ふー……、ふー……」


手足を包帯で重厚に縛った女性は、その身に流れる汗に神経を集中させていた。

いや、正しくは外気に神経を集中させていたと言うべきだろう。

風を撫でるその四肢から、より無駄な動きを無くして洗練させるために。


「ここに居たのですわね」


そんな彼女の背に重なる、一つの影。

陽の光を背に負う彼女は踵を返し、影の主へと向き合う。

その影の主は見覚えのある、いや、幾度となく戦場を共にしてきた女性だった。


「サラ……」


「探すのに苦労しましたわぁ。訓練場に行ったと思っていたのだけれど居なかったですし」


「……迷惑を掛けたな」


「今も絶賛、掛けられ中ですわ」


ブンッ。

ハルバードという巨大な刃を持つ武器が空を切り裂く音。

その音に紛れるように、デイジーは呻き声を上げた。

未だ治りきっていない傷による苦痛の呻き声を。


「デイジー」


「うるさい」


彼女は何度も何度も、その行為を繰り返す。

いや、違う。繰り返していた、だ。

サラがここに辿り着くまで何度も何度も、ハルバードを振っていたのだ。


「どうしてそこまでして強さを求めるのです?」


「…………」


彼女は答えない。応えない。

見透かされていることは知っていた。彼女だけではない、他の者にも。

だが、それでも相談など出来なかったのだ。出来るはずが無かったのだ。

当然だろう。自分以外は、自分以外は皆ーーー……。


「ゼル・デビット団長。スズカゼ・クレハ殿。ジェイド・ネイガー。メイアウス・サウズ・ベルフェゼリア女王。バルド・ローゼフォン…………。皆、恐るべき強者だ」


「そうですわね」


「何故、私にはその力がない?」


鈍器を地に落としたかのような鈍々しい音と共に、ハルバードは力無く床を穿つ。

デイジーはそれに沿うように足先を突き、膝を突き、尻を突く。

もう立っているのも限界だったのだろう。大人しくしていれば容易く治癒していた傷も、今では相当悪化してしまっている。


「デイジー」


「答えてくれ、サラ。私はどうしてこんなに弱いんだ?」


「……デイジー」


「訓練を怠った事はない。体も健康だ。食事にも気を付けているし勉学もある程度は収めている。武器も様々な種類を試して選び抜いた物だし、鎧だって一番戦いやすいのだ。なのに、なのにどうして私は強くないのだ?」


ぽろぽろと、デイジーの頬に涙が伝う。

自分の努力は何だったのだ。誰かを護る為に得ようとしたのに。

その為に努力してきたのに。自分の人生は何だったのだ。

どうすれば自分は、彼女達を助けられる程に強くなるのか。


「……それは」


何が言える。何を言い返せる。

ここで何を言ったとしても、自分の言葉は慰みにしかならない。

たったそれだけで癒やせるほど、この傷は浅くないはずだ。


「…………」


サラは何も言えない、言い返せない。

刻々と過ぎ去るときの中で、彼女達は静寂へ沈んでいくしかない。

それが、弱者の所以なのだから。





読んでいただきありがとうございました

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