三人の襲撃者
【サウズ王国】
《第三街西部・西門》
「…………」
「…………あ、あの? 第三街領主スズカゼ・クレハ伯爵様ですよね?」
「……はい」
「屍じゃないですよね?」
「まぁ、屍じゃ、ないです」
満面の笑みで手を振るレンを背に、屍一行、基、スズカゼ一行はサウズ王国に入国を果たして居た。
無事なヨーラとサラがそれぞれハドリーとデイジーを抱え、モミジはピクノと支え合って歩いてくる始末。
これも全て道中の暴走獣車のせいである。
「途中でデイジーさんが落ちそうになった時、本当にどうしようかと」
「代わりにスズカゼさんが落ちた時はもう駄目かと思いましたけどね……」
「全く、胸が大きかったら即死でしたよ」
「それ関係あります?」
一行は死屍累々と言わんばかりの風貌で街中を歩いて行く。
街行く獣人達は浮浪者でも見るような目付きで引いていたが、それがスズカゼだと解るなり彼女に駆け寄ってきた。
掛ける声は姫様どうしたの? だとか、今まで何処に行ってたんだい? だとか。
要するにスズカゼを案じ、ハドリーを心配する声ばかりだった。
ヨーラはそれを聞いて信頼されてるんだねとモミジに語りかけ、モミジはそうですねと微笑んでみせる。
この街に来て数十分もしない内にコレだ。話に聞く彼女の業績は、やはりそれだけ大きい物なのだろう。
「獣人差別なんてウチの国じゃ珍しくもないけどね」
「……そうですか」
「ま、それは今、関係ないさね。取り敢えずここからどうするんだい? 私達はメイアウス女王に報告に行くけど」
「ん、あー、そうですね」
子供の頭を撫でていたスズカゼは空を眺め、軽く思考を巡らせる。
本来なら自分も行くべきなのだが、報告云々はヨーラ達が行ってくれるだろう。
それに、今はデイジーやハドリーの方が心配だ。正直言って自分も謁見するだけの体力がない。
「……申し訳ないですけど、私達はまず屋敷に帰ります。デイジーさんとハドリーさんを預けたらまた向かいますんで」
「いえ、スズカゼさんは休憩していて構わないですよ。私とピクノさんも報告が終わり次第、宿に向かいますから……」
「あぁ……、ですよね。じゃ、私は少し第三街辺りを見回ってから帰ろうかなぁ……、まだ吐いてなかったら」
予想以上と言うべきか、暴走獣車の被害は深刻だったようだ。
次からはゆっくり行くように注文しようと皆が視線を交じり合わせながら、それぞれの道に歩先を向ける。
そんな中、ただ一人。サラだけはその歩みを止めていた。
「サラさん?」
「……何だか嫌な感じがしますわぁ」
「嫌な感じ?」
彼女はそれ以上を多く述べはしない。
いや、その困惑する表情からしても確信が持てていないのだろう。
本当に直感的な、そういう類いの何かだ。
「……嫌な感じ、ですか」
それが解っているから、スズカゼも深く言及しはしなかった。
彼女は胸がざわめくんですか、と問い、サラの答えを待つ。
その問いに対しサラがはい、そうですね、と応えると、彼女は触診ですと叫びながら胸へ飛び掛かって叩き落とされていた。
【サウズ湖のほとり】
「やっべぇ! ここメッチャ竜魚居る! やっべぇ!!」
「キッシッシ。明らかに女性の言葉遣いじゃねぇな。キッシッシ」
「……それ、貴女も、そう」
サウズ湖の中を覗き込みはしゃぐ、一人の獣人。
金色よりも少し薄めの、黄色の頭髪。
そしてくりっとして大きな、しかし横長に細目な頭髪と同じ色の瞳。
ふぐりのような口元は猫の口を連想させ、少し覗いている八重歯など、完全に猫のそれだ。
当然と言えば当然、彼女は猫の獣人なのだから。
「……美味そうだな」
「キシッ。生で食うなよ? 腹壊すぞ」
泳ぎ回る竜魚に涎を垂らす猫の獣人へ言葉を掛ける、特徴的な笑い声の女性。
彼女は目深に被った帽子とギザギザの口、そして手足を覆い尽くす長袖長ズボンという何とも奇妙な恰好だった。
深く被った帽子の隙間から覗く髪色と声色、そして微かな胸の膨らみからしても女性と判断出来るのだろうが、手足からだけでは獣人かどうかすら解らない。
「壊したら、お腹、痛い。駄目」
「解ってるよ!」
猫の獣人は言葉が途切れ途切れの少女から注意を受け、憤慨するように耳を立てる。
彼女に注意を促したのは全身を子供用と思われる、桃色の衣服で包んだ少女だった。
未だ幼そうな彼女だが齢十七か十八と言った所だろう。
他の面々も同様にそれぐらいの年齢で、恐らくは同年代だと思われる。
ともかく、そんな少女は猫の獣人に注意された事でしゅんとして肩を落としてすすり泣きを始めてしまう。
猫の獣人はそんな彼女の様子にあたふたと慌てながら、必死に慰め始めていた。
「キシッ。馬鹿なことやってないで急ぐぞ」
「うるせー! どうするんだよ! シャムシャム泣いちゃったじゃねーか!」
「キシシッ。いやそれ、私のせいじゃないし」
「わ、私のせいだってのかぁ!? ムー!!」
「どう考えたってそうだろ、キシッ。お前のせいで泣いたんだ、ココノア」
シャムシャムと呼ばれた気弱な少女、ムーと呼ばれた目深に帽子を被った女性。
そしてその二人の間で慌て回る、ココノアという猫の獣人。
彼女達は、と言うか一名はサウズ湖のほとりでぎゃあぎゃあと喚き騒ぎながら、騒がしく眼前の大国へと向かって行く。
「キシシッ。こんなにうるさくちゃ今から襲撃するなんて信じて貰えねぇかもなぁ?」
「信じて貰っちゃ駄目だろ! 私達は仮にも襲撃者なんだぞ!!」
「……ぐすっ」
「わ、悪かった! 怒鳴って悪かったから泣き止んでくれよシャムシャムぅ!」
「キシシッ、何だこの漫才」
未だ喚き終わらない彼女達はサウズ王国の巨大な門へと足を運んでいく。
数十人体勢の見張りと、その周囲を彷徨く数人程の入国者。
彼女達はそれを視界に入れると同時に騒ぐのを止め、入国者の列へと続いて並ぶ。
その姿は小うるさい小娘達のそれではなく、立派な襲撃者の雰囲気だった。
そして立派な襲撃者ならば情報収集も怠らない。
彼女達は前に並んでいる二人の男の興味深い会話へと耳を傾ける。
「なぁ、おい。知ってるか? 今、サウズ王国第三街領主の伯爵様が検問にいらっしゃるらしいぜ」
「何で伯爵が検問なんかに居るんだよ? 貴族の道楽か?」
「さぁなぁ。何でも結構な変人らしいが……」
ココノア、ムー、シャムシャムの三名は頭を合わせて、互いの息が掛かるほど体を密集させる。
所謂、襲撃者の作戦会議だ。
「凄いぞ! これは幸運だ! 幸先が良いって言うんだぞ!」
「キシシッ。馬鹿丸出しだがその通りだな」
「その人、襲う。人質取るのは作戦の基本」
「よし……、やるか」
「キシシッ、賛成」
「私も、賛成」
彼女達はそれぞれの意思を首肯で交じり合わせ、城門へと視線を向ける。
門の縁に居るのは筋肉質な兵士が一人、金髪の兵士が一人、他とは明らかに毛色の違う少女が一人。
周囲の兵士と親しげに話しているようだし、恐らくは関係者だろう。
他の者は皆、鎧を着ているところを見ると……。
「……やるか」
「キシッ」
「頑張る」
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