竜に抗いて
「おぉおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
ヨーラの脚撃は轟音と地割れを生みながらも竜の尾を制止し、一瞬ながらも動きを止める。
刹那とも呼べる一瞬。本来ならば山をも砕きかねない破砕を一瞬ながらも制止させたのだ。
それだけでも充分な隙であり、少女が尾先から駆け上がるにも充分な隙だった。
「ぬ、ぐっ……!!」
隙を作り終えた女性は尾によって弾かれ、数十メートルの空中を舞う事になった。
彼女はどうにか空中で体勢を立て直すも、着地と同時に地面に大きな亀裂を生むことになる。
本人自身にも幾多かの衝撃が走っており、骨身が軋むのが感じられていた。
「さて、まずは道を作った……」
女性は何事も無かったかのように立ち上がり、再び地を蹴り飛ばす。
空を駆けるが如き彼女にとって骨身の軋みなどは関係ない。
重要なのは次の自身の役目を果たす事だ。
竜の土手っ腹に一発撃ち込むこと。そして少女が撃ち込む為の隙を再び作ること。
愚直に撃ち込むことしか脳のない自分にすれば成る程、中々適した任務だ。
ならば果たすしかあるまい。あんな小娘に命じられたのだから、これぐらい果たさずしてどうする。
「ーーーッ!?」
ヨーラの視界に降り立つ、一人の獣人。
先程まで自身が脚と拳を撃ち合わせていた白黒の騎士だ。
まさかこの窮地で再び眼前に降りたってこようとは思っても見なかった。
無論のこと奴を相手取る暇などありはしない。だが、かと言ってあの加速から考えて左右に回避するのは無謀。
「ならばーーー……!!」
ヨーラは加速を殺さぬまま、白黒の騎士を直前にして身体を大きく前にのめり込ませる。
そのまま一気に地を踏み込んで飛躍する、はずが。
彼女の脚は地に縫い付けられたかのように動かず、速度だけが身体を前に動かしていく。
「何っ……!」
先の一撃が思った以上に効いていたらしい。
一切の回復無く躍動した事が奴との戦闘と合わせてかなりの被害を自身に及ぼしていたのだろう。
このままでは一切の防御なく眼前の脅威に突っ込むことになるし、跳躍出来なければ竜に隙を作ることすらままならない。
このままでは、何も出来ずーーー……。
「貴様の一撃は強力だ」
ヨーラの右足を支える、白銀の義手。
「喰らわせてやれ」
白黒の騎士は、オクスは。
ヨーラを迎撃する事などなく、むしろ足場を作り出し。
一気に、彼女を放り投げた。
「……はンッ」
彼女の疾駆は空を裂き、豪風を身に纏う。
その脚に魔方陣を纏い、竜の土手っ腹へと狙いを定める。
破砕と崩壊の一撃。一切の被害をも顧みない、全力の一撃。
「崩脚撃ァ!!」
竜の鱗を砕き、肉を埋めるに至る脚撃。
尾びれで戦闘を繰り返されようと、内部に[特異]を取り込もうと。
一切気にしなかった竜が、その眼を剥くことになる。
自身の肉を裂いた羽虫へと。否。
その人間へと。
{ウォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!}
腹部へ一撃を撃ち終え、海へと落ち行く女性。
竜はその女性に牙を剥き、喰らうがべく襲い掛かる。
「天陰・地陽は撃てずとも」
竜の眼前を舞う紅蓮の刃。
刹那、その視界に映る刃は焔を纏い、一閃の紅彩を作り出す。
「紅蓮の刃なら振り翳せる」
竜の眼球を斬る、紅蓮の焔を纏った刃。
如何に強固な鱗を纏おうと、如何に重圧な肉を持とうと、如何に巨大な体積を誇ろうと。
眼球は剥き出しだ。瞼という鎧すら纏っていない、剥き出しの臓腑だ。
「まず、片目!!」
片目を切り裂かれた竜は激痛と苦痛の入り交じった憎悪に狂乱するが如く吼え散らし、限界まで口端を開いて牙を剥く。
自身からすれば羽虫ほどでしかない人間風情に、己が眼球を切り裂かれた。
精霊の中でも最上級に位置する竜からすれば、それは如何なる屈辱だったのだろう。
そう、少なくとも。
{人間風情がぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!}
自身に掛かった制御を振り切る程度には、屈辱だったはずだ。
「喋っ……!?」
空を舞う少女に向けられる、竜の口腔。
その内部より収束されし白輝の咆吼。
否、竜という余りに圧倒的な存在が、精霊という魔力の権化が吐き出す咆吼という名の大砲。
{滅びよォオオオオオオ!! 脆弱なる羽虫めがぁあああああああああああああ!!!}
少女の視界を覆い尽くす、白き世界。
毛先を振るわすどころか肉身を狂震させる、余りに圧倒的な魔力。
喰らえば塵一つ残さず消滅させられるのだろうと確信できる、圧倒的な存在。
然れど、それは今の自分からすれば望んでもいない存在だった。
魔力が枯渇しかけ、刃に焔を纏う程度しか出来ない自分が待ち望んだ、存在。
「天陰・地陽ォ!!」
魔力を暴発させる一撃は同時に多量の魔力を必要とする。
その魔力を与えてくれるのだ。望んでも無い最高の一撃だと言えるだろう。
圧倒的な積量に対するならば、圧倒的な積量を用いるしかあるまい。
「えっ」
謂わばスズカゼの技は吸収、暴発、反射の三種を特徴とする。
その如何なる点を狙うかによって技質も変化するが、今回に至っては反射に重点を置いた物だったのだが、だ。
反射とは言え流石に盾のそれではないのだ。ほんの一瞬だけ、相手の強大な魔力を反すという物であって。
永続的に発射される咆吼を反射し続けられる訳はなく。
「ちょ、ちょ、ちょぉおおおおおお!?」
魔力を吸収し、暴発させ、反射する。
魔力が供給され続けるのならば理論上、半永久的に可能な行為だ。
本人に蓄積され続ける疲労を考えなければ、だが。
「こ、の……!!」
竜の咆吼は際限なく放たれ、徐々に少女を押し始める。
いや、ただでさえ落下している状態だ。
咆吼による加速は終ぞ落石にも勝る速度を生み出す。
「ぬ、ぐ!」
このまま叩き付けられれば、ただでは済まない。
水面に紅色が広がり肉骨が撒かれるのは間違いないだろう。
何とかして、この咆吼から脱出しなければーーー……。
{ゥォッ}
スズカゼの顔横に迫る、黒い何かの群れ。
それは彼女を覆い尽くし、煙に巻くが如く咆吼の元から連れ出した。
煙の尾は咆吼に擦って消し飛ばされるが、スズカゼを纏う[群れ]は無事陸地へと逃げ延びる。
何が起こったのか解らない少女はぽかんと口を開けたまま、地面へと放り出された。
「ご苦労様デス、[イングリアズ]」
その黒き群れの主はスズカゼの側に立ち、黒色の召喚を終えていく。
今度は悩む事無く、彼女はその女の子の名前を思い出した。
嘗て滅国の跡地で共に行動した、その女の子の名前を。
「スノウフ国の、ピクノ・キッカーちゃん!」
「お久し振りデス、スズカゼさん。まだ反撃は終わってないデスよ」
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