義手と脚撃の衝突
【謎の水域周辺】
「……本当、人間ですか? あの人達は」
「片方は獣人みたいデスけど」
「いや、そういう事を言ってるんじゃないんです」
精霊に護られながら首を傾げる少女に、弾丸を弾く女性は大きくため息をついた。
狙撃される彼女達も、それを弾く女性もただ事ではないが、それ以上にただ事ではない出来事が彼女達の視線の先で繰り広げられていた。
[精霊竜・シルセスティア]。余りに巨大な水面を這う竜。
その竜の背びれで拳と脚を撃ち合わす、二人の女性の戦闘が。
「随分と良い腕の狙撃者を用意してるじゃないか。この距離、相手の姿さえ見えないだろうにね」
「私自身も驚いている。まさか彼女にこれほどの狙撃の腕があったとはな」
脊髄を狙う、岩石すら砕く強力な脚撃。
豪風と共に迫り来るその一撃に対し、返されたのは白銀の拳撃だった。
衝突と共に鳴り響く轟音。骨身すらも振るわすその震動を受けても、脚撃が止まる事はない。
弾かれたと解るなり第二撃を腰元へ。弾いたと解るなり白銀は手甲を腰元にて盾とする。
三度目の脚撃は足下へ。白銀は空を掻きて、脚撃を躱せる限界の高度を飛ぶ。
より早く着地して追防する為に。
「シッ」
歯間から吐き出すような、僅かな呼吸。
白黒の騎士の足下に放たれた脚撃を軸として、ドレッドヘアーの女性は竜の鱗接触寸前まで身を屈め、回転した。
即ち白黒の背後へと回り込んだのである。自身の鼻が白黒の頭髪に擦るかどうか程の、近距離に。
「避けさせること前提の脚撃を悟られる事なく放ち、容易くこちらの背後を取る。……随分な実力者とお見受けするが」
「無駄口叩てんじゃないよ。状況、解ってんのかい?」
背後を取られるという事は戦闘に置いて致命的な状況を指す。
達人同士が戦ったとして、振り向くという一度動作でさえ首を撥ねるに値する隙となり得るのだ。
この場合ドレッドヘアーの女性が使うのは脚であろうと関係ない。彼女の一撃ならば華奢だろうと強靱だろうと、首なら砕ける。
「解っているとも。貴殿の一撃ならば我が首など砕くに容易いだろう」
「だったら、そういう風に振る舞って欲しいさね。今は私も無駄な戦いは」
「体力は温存しておきたいから、か」
騎士の踵が火花を散らすが如く急速に回転し、白銀が尾を引く。
成る程、中々の速度だ。力があるから重鈍な獣人かと思っていたが、そういう訳でもないらしい。
並の兵士ならば背後を取ったとしても、この速度なら逆に腹部に風穴を開けられてもおかしくないだろう。
いや。並の兵士ならば、という仮定をすべきではない。
今ここに居る自分はその程度ではないのだから。
「無駄だね」
天を突く靴裏。
踵落としという、大鎌の刃に匹敵するであろう高速且つ鋭利な一撃。
ドレッドヘアーの女性は相手の、オクスの種族と速度を考慮して、首を折るという選択肢を敢えて外したのだ。
確実に、頭蓋骨から頸椎、内臓、股座までを両断する一撃を放つ為に。
確実に、相手を殺す一撃を放つ為に。
「超過機動!!」
オクスの義手が凄まじい白煙を吹き出し、豪風の中に白を撒き散らす。
対するドレッドヘアーの女性は大気に混じり行く白などには目もくれず、ただ一撃をオクス目掛けて振り下ろしていた。
その刹那、彼女は聞く。
高速で刃を擦り合わせたかのような、あの金属音を。
「ッ!」
この場合、直感と言うべきだろうか。
ドレッドヘアーの女性は全身を駆け抜けた悪寒から、踵落としを中断した。
[直感]で感じたのだ。このまま脚を出せばもがれる、と。
そして事実、その通りだった。
彼女が数瞬後に振り抜いていたであろう空間。
現刻は白銀の拳が振り抜かれた、空間。
「避けるとはな……!」
急加速? そんな生温い物ではない。
時が止めて腕だけ動かせた、と。そう言われても信じられるほどの速度。
自身が見てきた中でも最高峰に至る加速ーーー……!
「その腕、義手だね」
「その通りだ。少しばかり仕込んだ、と付け足すがな」
白銀の尾は白煙の尾と化し。
背後を取っていた脚撃は真正面の脚と化す。
「今の状況ならば解るぞ、武脚の者よ」
「はンッ、言うじゃないか。牛の」
オクスとドレッドヘアーの女性は対峙し、鋭い眼光を交差させる。
現状、竜は背中で羽虫が舞っている程度にしか思っていないのだろう。
[特上]を喰えた竜からすればそんな些細な事はどうでも良いのだ。
今は気分が良い、だから許してやる。そう言わんばかりに。
{ーーー……!}
だが。
だが、だ。竜は気付いていなかった。
喰ったのが[特上]などではなく[特異]だった事に。
余りに異質な[特別]だったことに。
「なんっ……!?」
「ちぃっ!!」
竜の背びれに乗っていた二人はほぼ同時に後方へと跳躍する。
それと同時に竜は先程までの上機嫌が嘘だったかのように暴れ出し、背びれだけでなく全身をのたうち回る蛇が如く蛇行させ始めた。
竜の荒れ狂いは豪波を生み出し、草原の中に生まれた海を荒れ狂う波壺へと変える。
真っ赤に充血した目は上機嫌などという言葉を喰い殺すが如く殺気と苦痛に満ちており、終ぞ竜は一気に住処である海へと潜り込んだ。
その衝撃は周囲に海水の雨を降らす程であり、同時に互いに岸に辿り着いたオクスとドレッドヘアーの女性の全身を濡らす程でもあった。
「な、何が起こったと言うのだ……」
「何が起こったかは私にも解りません。けれど」
白煙を吹く銃を背負い、サラは水面へと視線を向けた。
未だ大揺らぎ収まらぬ水面は再び激震を始め、巨大な竜を天へと吐き出す。
轟音、衝撃、即ち咆吼。
草々を薙ぎ、風を狂わす轟音と衝撃の暴力。
対岸に立つ者達は同様にその竜へ視線を向ける、はずだった。
「あの人が何かしたのは間違いないと思いますわぁ」
竜の鼻先、太陽を背負い影を背負う一人の少女。
両肩に騎士と獣人を、腕に紅蓮の刃を構えた彼女は。
紅蓮の切っ先を竜の鼻先に突き立て、述べる。
「ちょっと静かにしようか」
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