竜の口内
【精霊竜・シルセスティア内部】
《口内》
「と、取り敢えず落ち着こう……」
現状の再確認だ。
頼みの命綱は切れ、外との連絡手段は絶たれたに等しい。
先程から凄まじい揺れがある上に騒音が無くなった事から考えれば、恐らく竜は海の中に潜ったのだろう。
あの巨体が入る海となれば、果てが見えないだけでなく水深も相当な物なのでは……。
「ま、まぁ、今はそんな事など考えても仕方ない。今やるべきは……」
この巨大な体内の何処にハドリーとデイジーが居るかは解らない。
呑まれてしまったのかも解らないし、巨体の躍動のせいで喉の奥に埋まってしまったのかも知れない。
何にせよ彼女達を探す事が第一にして最大の目標だろう。
「……ふむ」
スズカゼは精霊竜・シルセスティアの舌上に居た。
堂々と、真っ赤な舌の上に胡座をかいて座しているのである。
彼女の所持しているのは魔炎の太刀と随分と短くなってしまった縄。
そしてほんの少しの食料と水だけ。それも一日越せれば上等程度しかない。
「どうやって探索するか……」
正直、闇雲に探すのは好ましくない。
いつも通り直感で動くのも悪くないが、今回ばかりは自粛すべきだろう。
この一日越せれば上等の食料はあくまで自分一人の場合、だ。
彼女達二名を発見して食料を与えた場合、一食分程度しかないのは見れば解る。
なればこそ、一刻も早く見つけなければならないのは言うまでもない。
時間との勝負だ。この体内で何が起こるか解らない場所だからこそ、時間との勝負になる。
「全体的な大きさは解らないけど、口があって鼻があって眼があるなら肉体の造りも似たような物なのかな……」
だとすれば、順当に考えてハドリーとデイジーは胃の中に居る事になる。
まぁ、胃の中とは言え流石に溶かされている事はないと願いたいが……。
いや、そう言えばオクス曰くシルセスティアは魔力を喰うと言っていた。
そもそも精霊なのだから物理的な食事をするとは……、いや、一概には言い切れないか。
何にせよ、魔力を喰うのであればハドリーとデイジーは物理的に消化されていないはずだ。
魔力の無い、或いは少ない彼女達だからこそ安全であると言える。
……尤も、それは裏を返せば自分が進む事の危険性を示唆しているのだが。
「……悩んでも仕方ないか」
まぁ、流石に入った瞬間消化なんて事は無いだろう。
さっさと助けてさっさと出て、さっさと倒す。
何にしてもこれに限る。そうと決まればさっさと胃を目指すとしよう。
「さて、行くとするかな!」
意気揚々と歩き出そうとした彼女。
その歩みは三歩目で停止することになる。
理由としては単純な物だった。太刀を振り抜いたからだ。
頭上より襲い掛かって来た化け物に向かい、紅蓮の一撃を浴びせ掛けたからだ。
「……行かせて欲しいんだけどなぁ」
さて、これは何だ。この肌色の蠢く物は。
見たところ、現世で言うナメクジだろうか。斬ったと言うのに即死ではないし、何だかヌメヌメしている。
見た目も両腕が生えていること以外はナメクジに酷似しているように思う。塩は持っていただろうか。
「……これだけ大きかったら体内に変なのが寄生してても不思議じゃないかな」
人体だって幾多の寄生虫を飼っている。
精霊竜・シルセスティアの中に居るこれも寄生虫の一つだろう。
寄生虫は主に恩恵を与えるから存在できるんだから、多分、この変なのも何らかの恩恵をシルセスティアに与えているのだろう。
口内に居る事を見ると牙の洗浄や食べ残しの掃除だろうか?
「ま、関係ないか」
果てしなくキモいが、まぁ、斬ってしまえば同じ事だろう。
だが、斬ってしまえば同じ事でも新たな事実を生み出す。
こんなのが居て、自分に襲い掛かってきた。それはつまりーーー……。
「……ハドリーさんとデイジーさんが危ない」
入ってきて特に何もしていない自分を襲ってきたのだ。
恐らく自分も食べ残しに類されているのだろう。ならば、ハドリーとデイジーも同様であるはず。
この程度ならデイジーが居れば大丈夫なはずだが……。
「数が、数だよねぇ」
髪先を見上げるように、スズカゼは視線を眼上へと向けた。
恐らくは竜の歯の裏に当たる場所だろう。そこに、びっしりとナメクジもどきが張り付いているのだ。
その数、目視にして数百以上。その全てがこちらに向いている、気がする。
「顔ねぇから解らねぇ……」
まぁ、こうして自らの眼前に降り立ってきた事を見ると、自分を食べ残しと見てくれているらしい。
こんなうら若く可愛らしい少女を食べ残しと見るとは、余程斬られたいと見える。
ならば遠慮することなど無い。是非とも焼き尽くしてくれるとしよう。
「……ん?」
ふと見れば先程自分が斬り捨てたナメクジもどきが増えている。
増えているのだ。一匹だったのが、二匹に。
切断面からぷっくりと新たな腕が生えて、二匹に増えているのだ。
「これは……」
確か単細胞生物がそんな特徴を持っていたような……。
……駄目だ。自分は理科が苦手で基本的な事しか知らない。
根っからの文系なのだから仕方あるまい。数学? 奴はもう駄目だ。
「……逃げるが勝ち、かな?」
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