静寂は破られ始めて
【精霊竜・シルセスティア内部】
「うん、悪くなかったかな」
真っ赤な血の色が広がる世界の中、スズカゼは得意げに鼻を鳴らし、縄の巻き付いた胸を張っていた。
彼女が誰になく自慢しているのは先の一撃、水面を割った破砕の一刀の事である。
水面内部の魔力を自身と同等に扱い、暴発させる一撃。
純粋な魔力の、それも精霊の魔力だったからこそ出来た一撃だ。
先の一撃で自身の特性がバレてないか不安ではあるが、まぁ、問題はないと思う。
「スズカゼアタックも捨てがたかったんだけどなぁ……」
まぁ、[天陰・地陽]も中々……。
それはそうとしても、やはり先の一撃は相当な威力がある。
魔力を暴発させるだけにしてもあの海ほどの積量があれば、破砕の一撃たり得るのだろう。
自身の魔力と相対する魔力を直結させて、暴発させるという一撃。
成る程、ベルルーク国、シルカード国、ギルド。各国で放ったあの一撃を自身の魔力で放たず相手の魔力を利用する。
思い付きではあったが、やってみると中々上手くいく物だ。
メイアウスの授業を参考にして詠唱を付けてみたのも功を奏したのだろうか。
心なしか魔炎の太刀も使いやすくなっている。体を休めた御陰かも知れない。
成る程、休暇も時には大事なのだろう。
……さて、次は[魔炎の太刀]に焔を纏う技にも名を付けなければ。
「おっと、今はそれよりもやる事があった」
まず、この……、口の中? だろうか。
何にせよ竜の体内を散策してハドリーとデイジーを探し出さなければならない。
幸い、こうして縄を体に巻き付けて道標と出来る訳だ。
着地にしても縄を伝ってオクスかサラの胸に飛び込めると思うと今から楽しみでならない。
実は縄を引っ張られたさいに胸へ飛び込めるからこの案を述べた事は秘密である。
「にゅっふっふふ、この縄が私の生命線……」
引っ張った先が妙に軽いと思ったら生命線はぶっつりと切れていた。
何度引っ張ってみても結果は同じ。幸先悪いとか言うレベルじゃない。
「……アカンかも知れんわ」
【謎の水域周辺】
「随分と轟音が鳴り響いてるみたいだね」
「……本当、何だか凄い事になってるみたいですね」
双眼鏡を握るドレッドヘアーの女性は大きくため息をついた。
観察を始めてから、何度日が落ち昇った事だろう。
あの国より依頼されてからこうして[精霊竜]の観察を行っているが、進展は一切ない。
何しろあの巨体だ。迂闊に手を出してはこちらまで巻き込まれかねない。
こちらの人員は遠距離が得意な物が一人として居ない。
精々、補助が一名と直接戦闘が二名。これでは挑発にもならないだろう。
「あの小娘は何処に行ったんだい? 姿が見えないじゃないか」
「お花を摘みに行っています」
「花ぁ? 呑気だねぇ。年相応と言えばそのままだけど、ちっとは状況も考えられないモンかね」
「いえ、あの、そのままの意味では……」
「ん? ……あぁ、そっちかい。何でこう女ってぇのはそういうのを隠すのかねぇ。ウチのチビが餓鬼ん頃に寝小便した時はわんわん泣いたモンだけどさ」
「ちょっとは隠してくださいお願いですから……」
恥じらい無きドレッドヘアーの女性を前に、紅葉色の頭髪を揺らす女性は悟られないように、しかし確かに肩を落とす。
自国には女性が少ないので、これを機にガールズトークなる物を期待したのだが、結局のところ無駄だったようだ。
片や間の抜けた少女に、片や隠す気もない女性。
約束の買い物なんてのも、もしかしたら武器防具屋と食事処を回るだけになるのでは……。
「どうして私の役回りは、こう……」
「現実逃避して悲観してるトコ悪いけど、そろそろ作戦立てて欲しいね、参謀殿。いつまでも現状維持じゃ意味ないし」
「さ、参謀って何ですか」
「私やあの小娘は策なんて考えるタチじゃないからね。小娘はどうかは知らないけど、私は暴れられりゃそれで充分さね」
「何と言う脳筋……。しかし、そうですね」
実際、彼女の言う通りこのまま現状を維持しては物事は進まない。
先の轟音を聞くに[精霊竜・シルセスティア]は活動を始めているようだ。
何が目的なのかは解らない。国の周囲でもなく国を呑むでもなく、こうして何もない草原に出現した、あの竜の、否、あの竜の召喚者の目的が。
まさか最上級精霊を偶然にも召喚してしまった、なんて事は無いだろう。
ならば何らかの実験か、或いは何らかの闘争に用いる為に用意したか。
……可能性としてはサウズ王国に仕掛けるために召喚した、という事もあるだろうが、まさか条約が結ばれた事を知らず、四天災者の存在を知らずに仕掛けようとしている、なんて事はないはずだ。
それらを知っていて仕掛けるなど、余程の馬鹿がする事だろう。
「……しかし、この前提だと一つ条件がありますね」
「え? 何が?」
「あのですね。精霊が現世に姿を現すには召喚者が必要になるわけでしょう? でしたら、その召喚者さえどうにかしてしまえば……」
「あの竜に護られてるって事は無いのかい?」
「見たところ、シルセスティアは水面を自由に泳いでいます。背に捕まるなんて自殺行為ですし、内部に入ったりするのも人間に耐えきれるはずがありません。なので、恐らくは……」
「外部の何処かに居る、と」
「そうなります」
彼女の言葉を聞き、ドレッドヘアーの女性は口端を崩しながら双眼鏡を手渡した。
空いた両拳を打ち付けながら随分と楽しそうな、豪華絢爛な料理を前に並べられた食いしん坊のように牙を剥く。
その姿は正しく、眼前に獲物を据えた狩人その者だった。
「さぁて、こっちも動くかね」
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