白黒の騎士
「……アレ、ザッハーじゃない」
「へ?」
当然と言えば当然だった。
彼女がザッハーと勘違いした人物はザッハー・クォータンではなかったのだ。
死した亡霊が地獄より舞い戻ってきたわけではない。
当然と言えば、当然だが。
遠目に見えるあの存在が持つ白銀の腕は、どう見てもザッハー・クォータンのそれだ。
「で、では警戒しなくても良い……、と?」
「解らないです……。あの白銀の義手はどう見てもザッハー・クォータンの物。それに雰囲気も……」
スズカゼは自身の言葉を遮り、再び殺気による警戒心を強める。
彼女に習うようにデイジーも同じく警戒心を強めて前方へと視線を向けた。
その人物が、白銀の義手を纏った人物がこちらに気付き接近してきたのである。
「どうしますか、スズカゼ殿」
「……ハドリーさん、もう少し下がってください。デイジーさんは警戒体制維持。私があの人と話をしてきます」
「危険では?」
「ま、ちょっとぐらいなら。もし本当にヤバそうでしたらハドリーさんはデイジーさん抱えて獣車まで撤退してください。空への追撃は私が全力で防ぎます」
「スズカゼさん……」
不安そうなハドリーの声に応えるように、スズカゼは首を傾けて微笑みを見せた。
その微笑みに不安の二文字も恐怖の二文字もない。あるのは、自信の二文字のみ。
デイジーとハドリーはそれ故に彼女を止める事は無かった。
尤も、獣人は微笑みに安堵を感じ、女騎士は微笑みに不満を感じていたのだが。
自分にあんな微笑みは浮かべられないだろう、という不満を。
「行ってきます」
彼女は再び前に向き直し、こちらへと向かって来る白銀の義手を持つ人物の元へと向かって行く。
相手方もこちらに気付いたのだろう。一端歩みを止め、何かを思考した後に再び近付き始めた。
互いに距離が海を隣に段々と縮まり、やがて白銀の義手を持つ人物の影が少女に重なった頃。
白銀の義手を持つ人物。否、白銀の義手を持つ[騎士]は。
ゆっくりと頭を垂れ、膝を突いた。
「先日の無礼、ここに謝罪させていただく」
「……無礼、ですか」
「我が組織の下らない権力争いに貴殿を巻き込んでしまった事だ。[三武陣]が一人、オクス・バームが謝罪させていただきたい」
スズカゼの視界に映ったのは白と黒の混じった頭髪。
そして頭部より生えた双対の角と腕部にある双対の白銀。
身体を護るべく覆い尽くした漆黒の鎧。その人物は謂わば、白と黒の斑模様だった。
「……オクス・バームさん、でしたか。確か[三武陣]はギルド統括長派の主力でしたね。前の騒動でお名前は聞きました」
「結構。ではザッハー・クォータンにも遭遇したのではないか」
「えぇ、貴方と同じ義手を持つ男に会い、戦いました」
「でしょうな。彼とは個人的に付き合いがありましたのでこの腕を譲って貰ったのですよ。尤も、私のは外装のみですが」
「では、義手ではない、と?」
「いえ、外装のみが同じで義手に変わりはありません」
「そうですか、……成る程。では二つ、確認させていただきたいのですが」
「何でしょうか」
「えぇ、まず一つ。貴方は牛の獣人ですね?」
「そうですが」
「……ですよねー」
白銀の義手と漆黒の鎧、頭部から生える双対の角。
嗚呼、見れば見るほど牛だ。牛だ、牛だ、牛だ。
その漆黒の鎧が覆い隠すことを諦めた胸を見れば解る。牛だ。
「……女性?」
「男のような声で男のような喋り方だが、女だ」
「そのおっぱいは」
「布で覆い尽くそうと思えば出来るのだが、どうにも苦しくていかん。こうして特注の鎧を装備するしかなくて苦労している」
「揉んで良いですか」
「貴殿は何を言っているのだ」
そんな二人の様子を遠方より眺めるデイジーとハドリー。
遠方の二人が特に警戒し合うでもなく話し合っている所を見ると、どうやら最悪の
事態は避けられたようだ。
別の意味で最悪の事態に突入しそうな気もするが、それは気のせいとしておこう。
「女性だったのですね。遠目だから解らなかった」
「別の意味で危険ではないですか。その、かなりの大きさが」
「成る程、鎧の一部を……。あぁいう手もあったのか」
「で、デイジーさんはあぁいう風にしないんですね……」
「胸を露出させるなど危険極まりないですしね。確かにかなり苦しい部分もありますが防御には変えられません」
「そ、そうなんですか……」
余り大きくないハドリーは自身の胸を押さえ、小さく肩を落とす。
やはり男は大きい物が好みなんだろうか。包める方が良いと仲間の獣人から聞いた事がある、何を包むのかは知らないけれど。
自分のはスズカゼ曰く美乳と聞いたが、然程綺麗な訳でも……。
「やっぱり、大きい方が……」
「は、ハドリー殿? 大きいのも大きいので苦労がですね」
互いの胸を見交わし合う二人。
大きい方は小さい方を、小さい方は大きい方を。
結局、どちらにもどちらの苦労があるという結論が出るまで、彼女達は気付かなかった。
スズカゼの叫び声が、自分達に向けられている事に。
「……何かスズカゼ殿が叫んでいますな」
「隣の人がこっちに走ってきていますね」
まさか交渉が決裂した? ならば、何故こちらに向かって来る?
まず隣のスズカゼに手を出すはずだ。今、彼女が行っているのは手を出すどころか相手に背を向ける行為。
見たところ、然程早くもないし速度に自信があるわけではないのだろう。ならばあの行為は愚行以外の何でもないはず。
では何故? 何故、こちらに向かって来る?
いったい、何の為にーーー……。
「は、ハドリー殿……。上……」
ふと空を見上げたハドリーの目に映る、巨大な穴。
蒼天の空に開いたその穴は視界の全てを黒で覆い尽くし、彼女の意識から疑問を容易く奪い去って行く。
「何ですか……、これ……」
「……解りませんが、これは」
直後、彼女達に穴が迫り世界から光を奪っていった。
豪風は頭と羽毛を揺らし、衝撃は全身から感覚を奪い、浮遊感を与える。
やがて完全に轟音と音が消え去ったとき。
二人を、生暖かく生臭い風が覆い尽くしていた。
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