海辺の捜索
【サウズ平原】
「取り敢えず二班に分かれますか」
朝日を浴びながら、スズカゼはそう呟く。
草原の中に突如現れた海により行く手を阻まれて一夜を超した。
その夜に何があったかは敢えて割愛するが、大抵の予想は付くと思う。
それは差し置いて、だ。して、現状。
この海の原因を解明するためにスズカゼ、ハドリー、デイジー、サラ、リンの五名は獣車の周囲で話し合いを行っているのだ。
「二班ですか」
「全員で固まって行動する訳にもいかないし、かと言って個別行動も危険ですし、的確ですわね」
「しかし、ハドリー殿とレン殿は戦力を有さないぞ」
「それに私は獣車から離れられないでス。野盗に襲われなんかしたら大変でス!」
「んー。でしたら、私とハドリーさんとデイジーさん、サラさんとレンさんでどうですかね?」
「獣車護衛でしたら私だけで充分ですわねぇ。えぇ、良いと思いますわぁ」
サラの言葉に同調するように、皆がこくりこくりと頷いていく。
戦力、偵察的な面から見ても的確な配分と言えるだろう。
少なくとも戦闘が確定していない以上、こうして人員を割くのは致し方ないと言える。
「じゃ、私とハドリーさんとデイジーさんは海の周囲を回ってみます。暫くしてーーー……、そうですね。日が落ちるまでには戻ってきます。戻れたら」
「最後の一文字のせいでいつ帰られるか解らなくなったような気が」
「スズカゼさんが日数や時間を指定してその通りに行った事の方が稀ですし……」
「失敬な! 別荘で女性陣が眠る時間は正確に把握し」
その一言が終わる前に彼女の口へ羽毛と軽甲の小手が押しつけられる。
もがもがと口を動かす彼女の目に迷いが無い所を見ると嘘偽りはないらしい。
サラの笑みが引き攣り、レンがその様子に背筋を凍らせたのは言うまでもないだろう。
【謎の水域周辺】
「痛い。特にデイジーさんのが痛かった」
「当然です」
口元を真っ赤に腫らした少女と獣人と女騎士の三人は水辺の周辺を歩いていた。
急いで走っても仕方ない。なので遊覧が如くゆるりと歩いて行こう、という訳である。
まぁ、歩くとは言っても既に数十分近く歩いており、獣車は当然としてサラとレンの姿はもう見えない。
見えるのは悠々と広がる草原ばかり。敢えて言うなれば、さらにあるはずの無い海が広がっていると言った所か。
「と言うか、本当に何も無いですね」
「元よりサウズ平原はほぼ手付かずの場所ですからね。メイアウス女王は元より自らの分国領には余り興味の無い方ですし」
「メイアウス女王は自身の国を最たる物としている、と団長が仰っていました。分国領の一件も最低限は関わりますが、それ以上は関与しないようですね」
「本当に[女王]ですね、あの人は……」
呆れながらもその点は流石だと思う。
あの人は国の為なら世界すら敵に回すんじゃないだろうか。
それで勝利しかねないのだから、本当にもう四天災者というものは……。
「ま、まぁ、それはともかくとして問題はこの海ですよ。果ては見えないし端もなければ橋もない。走っても意味はない! ……どうです?」
「途中から言葉遊びになってましたが、まぁ、その通りですね。ハドリー殿を不用意に行かせるのも危険です」
「し、しかし、いつまでも危険を恐れていては意味がありません。少しぐらいの危険なら承知して偵察に向かうべきでは……」
「その少しぐらいの危険が怖いんですよ。何があるか解らないんですから」
少女は頑としてハドリーの偵察を許可しなかった。
いつも通りの下心ありきの意味ではなく、純粋にそれを許可しなかったのだ。
この海から感じた親近感が今は危機感に変わっている。この果て無き海が、危機感を教えてくれている。
近付くな、と。そう教えてくれているから。
「でも、このまま縁を歩くだけでは……」
「そりゃそうですけどもねぇ」
一歩、スズカゼの脚が草を踏む。
ただ歩むだけの一歩は草を折り曲げさせ、地に着かせる。
何と言う事は無い。ここに来るまで何度も行った事だ。
ただ違うことがあるとすれば、その草から彼女の脚が離れた瞬間、紅蓮の刃により切り裂かれていた事だろう。
「スズカゼ殿っ……!?」
「デイジーさん、用意。来ます」
スズカゼの目に映っていたのは緑の草原だった。
緑の草原に浮かぶ、白銀の一点だった。
普通ならば誰だろうかと目を細める所だが、スズカゼからすればその白銀は警戒に値する。
ギルドで自らを襲った男の白銀を目にした彼女からすれば、その白銀は警戒に値するのだ。
「ザッハー・クォータン……!」
遠目故に明確な姿は見えない。
だが、その人物の元にある白銀の腕は間違いなくギルド登録パーティー[血骨の牙]、ザッハー・クォータンの物だった。
ギルドの補佐派であり、自身を襲った男。ザッハー・クォータン。
彼は確かに同じくギルドに所属する[冥霊]のデュー・ラハンによって始末されたはずだというのに、何故ここに居ると言うのか。
いや、そんな事は関係ない。重要なのは奴が目の前に居るという事実。
嘗て死した亡霊が自らも地獄に引き摺り込もうと舞い戻ってきたのだろうか?
全く持って、傍迷惑な話だ。
「や、奴は……? 未だ距離がありますが」
「ザッハー・クォータン。一言で言うと戦闘狂です。遠距離攻撃を有していますので、距離があっても油断しないように」
「は、はい……!」
二人はハドリーを庇うように立ちはだかり、その人物に殺気の眼光を向ける。
未だ姿が明確に見えないほどの距離だが油断はならない。
あの男の強さは戦った自分がよく知っている。
地獄から舞い戻ってきたならば、再び地獄に帰って貰うまで。
灼熱の業火は用意できずとも紅蓮の火炎ならば用意できる。
「……来い」
再び刀剣を構え直した彼女の背筋に走る違和感。
当然と言えば当然の、しかし違とするならば違とするだけの、感覚。
「これは……?」
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